第20章 触れる理由
「お早うございます。」
菫が頭を下げて声を掛けると、道着姿の杏寿郎は素振りを止めて手の甲で額の汗を拭った。
杏「相変わらず早いな!おはよう!!」
そう言って眩い笑顔を浮かべる男は自身に "妙な事" を言って迫って来そうにない。
菫はそれを敬愛する彼ならば当然だと思いつつ、とても好ましく思っていた。
(今日も俗な空気を全く感じさせないお方だな…。)
そんな事を思いながら再び頭を下げ、湯を沸かしに風呂場へ向かった。
(どうしたら炎柱様は私をずっとお側に置いて下さるのだろう。女の私がずっと世話を焼いていれば未来の奥様は嫌がられるだろうか。)
珍しく悶々としている間に風呂の準備は整ってしまった。
(……炎柱様に関わる事なのに、ながら作業してしまうなんて…。集中しないと。)
そう思うと菫は自身の両頬を強めに叩いた。
―――
杏(明日は月曜か………。)
杏寿郎も考え事をしそうになり、ハッと我にかえって口をきゅっと結んだ。
杏(…今は鍛錬に集中だ。)
そう思考を断ち切ると、杏寿郎は菫が湯が沸いた事を知らせに来るまで無心で木刀を振るった。
そうして二人の信頼関係は着実に築き上げられつつ、私的な仲は深まりそうになかったのだった。