第2章 桜の香
あれから1ヶ月近くが経っていた。
カカシはあれ以来、店には一度も来ていない。
遊郭は苦手で前も仕事の付き合いって言うてたし、もう来ないんかな……。
わたしは所詮カゴの中の鳥。
この花街から出ることはかなわない。
好きな人を追いかけることだって、できない。
座敷での仕事が終わり帰ってきた部屋。
机に突っ伏してながら考えごとをしていたが、自分が思ったことにビックリしてばっと起き上がる。
いや、いやいや、まだ会ったばっかりやし!
好きなんて、ちゃうし!!
ちゃう、し……。
めずらしく優しくされたから、ちょっと気になっただけ……。
わたしはある噂のせいで、寝屋での仕事が他の遊女と比べると少ない。
あったとしても、興味本位やオレだけがお前を抱いてやるって勘違いした変な奴だけ。
だからわたしは自分につく客が大嫌いだった。
でも、カカシは違った。
わたしにちゃんとひとりの人として敬意を持って接してくれた。
頭を撫でられたのなんて、小さな頃以来だった。
大きな手の感触は、まだ鮮明に覚えている。
嬉しかった。
だから、また会いたいだけ。
ふー、と深いため息をつき、寝るために髪飾りを外し、化粧を落とそうと鏡を覗き込んだそのとき、コンコンと部屋のドアを叩く音がした。
「はい」
「夕月姐さんまだ起きてる?
なんか、須藤様が酔っ払って来てるんだけど、夕月に会わせろって下で喚いてるらしくて。
親父さまが危ないから絶対部屋から出るなって」
遠慮がちに引き戸を少し開けた禿の沙耶が、ツヤツヤのおかっぱ頭を覗かせる。
「またなん?
ほんましょうがないな、あの人」
須藤というのはわたしについたお客で、酔うと暴力的になってどうしようもない人。
店に出入り禁止になったのだが、性懲りもなくまた来ているらしい。
「ん、わかったありがと……」
「お客さま!!困ります!!」
「きゃっ!?」
どか!ドンドン!!
沙耶にお礼を言おうとしたとき、店が急に騒がしくなった。
何事かと扉から顔を覗かせようとしたとき、沙耶が視界から急にいなくなった。
「きゃあっ!」
「子供!邪魔だ!どけっ!!」
わたしの目の前に須藤が立ちはだかる。
大きな須藤の体の隙間から外を覗くと、押されて転んだのだろうか、沙耶が廊下に転がっている。