第37章 貴方は陽だまり
「何言ってんだよ…。もう嘘つかなくていいって。」
「確かに私は貴方に忘れ薬を飲ませて記憶を消しました。でも、それは元に戻したかったから。師匠と弟子に戻りたかったから。それ以上でもそれ以下でもないんです。」
まるで別れの言葉。
俺と別れたかったからそうしたみたいな言い方のほの花に大きなため息を吐いた。
「…嘘つくなって…。お前のことならすぐに分かる…「嘘じゃない!!!」」
その瞬間ほの花の叫び声が其処に響いた。
震える手で俺に抱きつきながら言われても説得力はない。
ならば何故抱きついているのだ。
「確かに…貴方のこと大好きでした。愛していました。それに嘘はありません。でも、私はもう此処にはいられないんです。」
「……何でよ。」
「…気に病まずに生きてください。貴方は何も悪くないんです。私が選択を誤りました。」
「…答えになってねぇよ。」
ほの花の言っていることが分からない。
でも、ドクンドクンという煩い心臓はほの花じゃなく、俺の方だ。
全身に勢いよく血液を流し始めたのが分かると、とあるところに感覚が戻り始めていたのに気づく。
鬼に切断された俺の腕だ。
無いはずの其処に手のひらの感覚がある。
指の感覚がある。
ほの花の手の温もりがある。
「……ほの花、お前、何してる…?」
「貴方のお陰で私は人を愛する喜びを知れた。温もりを知った。本当にありがとうございます。貴方は私の陽だまりだった。この手でいつも守ってくれて、愛してくれた。だから…私のことはもう忘れて他の人と幸せになって。」
「やめろ、ほの花。離せ!ほの花!!おい!!」
どんどんとその手の感覚が鮮明になっていくと、ほの花がしていることが何なのか分かってしまい、必死に離そうと体を揺するが、ふらつく頭ではうまくできない。
尚もどんどん腕の感覚だけが強くなっていくと、ほの花が急に起き上がってニコッと笑った。
「天元…大好きだったよ。愛してたよ。私も生まれ変わったらあなたの陽だまりになりたい。」
そう言うと、そのままゆっくりと傾いていくほの花の体を繋がったばかりの手で必死に掴んだ。
でも、ほの花の心臓は既にその拍動を止めていた。