第37章 貴方は陽だまり
気づいてる?
記憶を取り戻した?
不確かなそれが頭の中をぐるぐるした。
しかし、あの視線は見覚えがあった。
アレは…私を愛してくれている時の目だった。
そう考えると今まで蓋をしていた想いが溢れ出してくる感覚になった。
私ですら過去のことは思い出せない。
母が使ったであろう忘れ薬はそれを思い出す気配は微塵もない。
それなのに宇髄さんは大量に飲ませたその忘れ薬の効力を跳ね飛ばして思い出したと言うのか?
俄には信じ難い。
だが、そうでなければ説明がつかない。
溢れ出してしまえばそれを止める術はない。
込み上げてくる想いで身体が震えた。
しかし、ふと目線を逸らせばそこに落ちていたものに目を見開いた。
「…ひっ…!」
それは宇髄さんの切断された腕だった。
必死で命を繋いでいた。
兎に角、息を吹き返してほしい。そのための体力を回復させたい。その一心で治癒能力を使った。
だから正直、ここまで頭が回ってなかった。
それは私の大好きな彼の手。
震える指で彼の其れと絡ませてみてももう其れが握り返してくれることはない。
思えばこの手が全ての始まりだった。
私にとってこの手は絶望の淵にいた私を這い上がらせてくれた魔法の手。
いつだってそれが私を助けてくれた。
慰めてくれた。
愛してくれた。
私はおもむろにその手を拾い上げると抱きしめた。
(…まだ、あったかい…)
切断されて間もないのであろう。
そこには宇髄さんの温もりがあった。
其処からの私の行動は何の意味があったのかその時は理解しきれていなかった。
ただ感覚的なもので、何の迷いもなかった。
太腿の内側にいつも常備していた小刀を取り出すと自分の栗色の髪を肩でバッサリと切った。
そしてそれで宇髄さんの切断された腕を巻き上げると再び大切に抱えた。
腕一本でも命の重みがした。
私の治癒能力は手だけに宿っているわけではない筈。
血が鬼にとって害悪なら、身体中の私の器官がそれに値する気がした。
全くの無意識下ではあったが、彼のその腕を包んだ髪で死滅していく細胞を少しでも守るために編み出した決死の行動だったのだ。