第36章 命の順序
──ときと屋
「炭子ちゃん、ちょっとあれ運んでくれる?人手が足りないみたいで。」
そう言って声をかけられた女性に炭治郎は満面の笑みで返事をする。
「分かりました!鯉夏花魁の部屋ですね。すぐに運びます。」
炭治郎はよく働く。
それはもうとんでもなく働き者だ。
白粉を取られたら額に傷があったものだから、女将さんが烈火の如く怒ったのは昨日のこと。
しかしながら、持ち前の明るさと素直さはこんな時に役に立つ。
あっという間に炭治郎は働き者と言うことで周りから高評価を勝ち取っていた。
頼まれた荷物を両手いっぱいに抱えると軽々と運んでいく炭治郎を見て、女性達は「力強いわね」と首を傾げるが、当たり前だ。
炭子は男なのだから。
詰めが甘いのは炭治郎の性格故に致し方ないだろう。
炭治郎が荷物を抱えて鯉夏花魁の部屋に入るとヒソヒソと二人の女の子が話しているのが聴こえてきた。
「京極屋の女将さん窓から落ちて死んじゃったんだって。怖いね、気をつけようね」
「最近は"足抜け"していなくなる姐さんも多いしね」
「足抜けって何?」
炭治郎がズイっと会話に加わっても特に驚くこともなく会話が続けられるのは、既に彼が此処に馴染んでいる証拠だろう。
「炭ちゃん、知らないの?」
そう言って、ふふッと笑いながらも二人は笑顔で炭治郎に教えてくれる。
"足抜け"とは借金を返さずに此処から逃げることらしい。
万が一、それが見つかった時にはひどい扱いを受けると言う。
好きな人と逃げきれる人もいるらしいがどうやら少数派のようだ。
多くは見つかってしまうのが関の山。
遊郭とはそういうところだ。
「この間だって須磨花魁が…」
そう言いかけた女の子に炭治郎はすぐさま反応した。『須磨』とは音柱である宇髄の妻の一人の名前だから。
だが、その会話は長くは続かない。
「…噂話はよしなさい。本当に逃げ切れたかどうかなんて誰にも分からないのよ」
襖が開いてそこに現れたのは見目麗しい女性。
鯉夏花魁。
ときと屋の一番の稼ぎ頭だ。
優しい笑みで炭治郎が運んだ荷物のことを労うとお菓子をくれるその人に優しい空気が流れていた。