第32章 世界で一番大切な"ただの継子"
【忘れ薬の材料の多くは脳を撹乱させる作用を用いるが、忘れさせたい人物が特定している場合は血を入れるとその人の一定期間の記憶が無くなる】
今回ほの花さんに頼まれたのは一定期間の記憶を消すこと。
彼女に渡した薬はその期間の全ての記憶を消してしまうもの。
しかし、恐らく彼女が望んでいるのはそう言うことではない。
だから、調合記録に私は文言を付け足した。
入れるかどうかは彼女次第。
でもきっと彼女は入れるだろう。
誰かの自分の記憶を消すために。
血は多ければ多いほどその人との関係をより深く抹消する。
関係性が深い人物の記憶を抹消するならば少し多めに入れた方が得策だ。
「珠世様、ほの花は入れますかね?」
「……あの子は多分入れるでしょう。」
「…そうですか。何故記憶を消したいんでしょうね。」
詳しいことまでは分からない。
でも、確実に言えるのはほの花さんは自分の都合のために記憶を消そうとしているわけではないということだ。
人の記憶を操作してしまおうとする時、一番最初に思い浮かぶのは自分の私利私欲のためだが、彼女はそんなことをできるような性格ではない。
…となれば人のために自分を犠牲にしたということ。
普通に考えればそれはほの花さんにとってツライ決断の筈だが、未来を見据えて前向きにも見えた。
そうしなければならないのっぴきならぬ事情があったのであろう。ほの花さんがこの薬を幼い頃に飲んだ経緯も恐らく事情があった。
鬼を討伐する陰陽師として神楽家に100年振りに生まれた女児を守るため、里の人間はほの花さんの存在を必死になってひた隠しにしてきた。
彼女に詳しい事情を知られないように…
知ってしまえば幼い子どもに数奇な運命を背負わせることになるから。
知らなくていいと思ったのだ。
そうすることでほの花さんの興味を逸らせ、大切な彼女を里一丸となって守った。
皮肉なものだ。
今度はそのほの花さんが誰かを守るために自分の記憶を消そうとしているだなんて
だけど、一つ言えるのはいくら記憶を消したところで体に染みついたものは消えないということ。
いつかそれに気づいた時、ほの花さんはどうするのだろうか。