第32章 世界で一番大切な"ただの継子"
「ある一定の期間の忘れ薬を作ることって可能だと思います?」
あの日、私は珠世さんにそんなことを聞いた。
しんどい体でもそれだけは必ず聞かなければいけないと思っていた。そのために読んだのだから。
「何故ですか?」
「記憶を消したい人が…いるんです。」
消したかった
彼の中の私を
「……忘れ薬自体は作ることは可能です。期間を指定することは出来ないですが、量を調整して大まかな期間を指定することはできるかと。」
「十分です。9ヶ月ほど遡って記憶を消したいんです。」
彼と出会った頃の私に戻りたかった
私とは恋仲でも婚約者でもない
ただの師匠と継子の時代に
まだ奥様たちと関係がある頃に
「…忘れさせてしまえば周りも取り繕うことが必要ですよ?」
「それは大丈夫です。薬を使う前に協力を募ります。きっと…大丈夫です」
「分かりました…。調合してみますが、体格などで多少調整が必要ですのでそれはあなたがしてください。」
「もちろんです。ありがとうございます。もしよろしければまた調合も教えてください。勉強したいんです。」
珠世さんは私なんかよりもっともっと博識だ。
鬼だろうが何だろうが構わない。
薬師として役に立てるように頑張りたい。
忘れ薬の存在を知ったのも彼女に教えてもらったから
私がそれを飲まされていたことで神楽家のことをほとんど何も知らなかったと言われた。
その話は的を得ていて、そうであれば納得がいくことがいくつもあった。
だけど、そんな薬の情報が薬事書に載っていただろうか?全てを丸暗記するほどに覚えているというのにそんな薬は何処にも載っていなかったように思う。
帰ってから薬事書を隈無く探してもやはり結果は同じ
そんな薬の情報は何処にもなかった
だけど気になることがあった
薬事書の中で朱色で書かれている薬材がずっと気になっていた。
今までは気にもしていなかったそれも珠世さんに忘れ薬の存在を教えられてから、ひょっとしたらそれを全て掛け合わせると忘れ薬になるのかもしれないと密かに考えることがあった
でも、そんなもの調合したところで何の役にも立たないと思っていたから興味もなかった。
少しずつ
少しずつ
その必要性を感じ始めて、彼の中の自分が邪魔になってしまった。
"恋人の私"はただのお荷物だと。