第26章 君の居ない時間※
医療とは誰の為のものか。
鋼鐡塚さんの家から帰って来た時、私は少しだけ考えた。
医者のため?
看護師のため?
薬師のため?
違う、患者様のためだ。
診療所で治療を受けてほしい。それは今回感染症だから一箇所で効率よく、且つ隔離するためでもあった。
そのため万が一死んでしまったら、家族に看取られることもなくその人生を終えることになる。
あの日、亡くなった患者様のことをよく考える。
荼毘に付す前に顔を見ることは出来たとしても結局のところ抱きしめるどころか触れることも許されなかった。
だとしたら家族が了承するならば、もう助かる見込みがない時点で家に帰してあげるというのも選択肢としてあったのかもしれない。
その後、家族全員でその家で隔離して医療者が健康観察で診察に行けばいい。
あの時は医療が逼迫していて私一人しか医療者がいない以上その選択はできなかった。
でも、今は違う。
余裕があるのに、患者様をあそこに隔離するだけでなく柔軟な対応が求められると感じていた。
「…鋼鐡塚さんは一人住まいで他者に移す危険性も低いし、此処で治療を受けたいので有ればそれも選択肢として入れるべきでした。今は医療者にも余裕があるので、できるのに…自分の効率の良さを押し付けてしまいました。ごめんなさい。」
医療とは…患者様のためのもの。
だったら患者様が望む治療方針も一緒に考えるのが医療者の役割だ。
薬師だからと言って何でもかんでも正論を押し付けるのは間違っていた。
在宅療法の方が患者様の精神衛生上は物凄く良いし、その方が治療が早く済むこともある。
多方面から見てもやはり私のやり方は独り善がりであったと反省せざるを得ない。
「…謝る必要ねぇ。俺も意固地になってたのもあるからよ。お前が来てくれて…命拾いした。ありがとな。ほの花。」
初めて名前を呼んでくれた鋼鐡塚さんだけど、恥ずかしそうにフンッとそっぽを向いてしまったのでそれ以上突っ込むことはしなかった。
「今日は朝まで此処にいます。朝になったら看護を交代しますが、此処にいてくれて良いですからね。」
「…ああ。宜しく頼む。」
こちらを向いてはくれなかったけど、その瞬間私のことを認めて、任せてくれた気がして嬉しかった。