第26章 君の居ない時間※
医療者として診療所に連れ帰った方が遥かに看護はしやすいし、急変時の対応ができるから出来れば来て欲しい。
だけど、彼と此処で口論したところできっと結果は変わらないかもしれない…。
この…偏屈な人物の考えを覆せるだけの話術はない。
「だから薬は飲むって言ってんだろ?置いてけよ。」
「で、でも、急変とかに備えて看護するならこんな山奥だと困るので…!」
「お前、アレだろ?自分の薬の腕に自信がないんだろ?俺を治す自信がないなら此処にお前が居ればいいだろ?」
「ち、違います!!薬だって…症状に合わせて変えないといけないから…!そのために病状を観察する必要が…!」
必死に診療所に来てもらおうと説得を続けてみるが、私を煽るような言葉ばかりを連ねてなんとか追い返そうとしてくる鋼鐡塚さんに唇を噛む。
鬼だったら苛ついて首を斬っているところだ。
「俺はお前の舞扇を直す。お前は俺の病を治す。利害は一致してるだろ。ほら、薬置いてけよ。」
そう言うと鍛冶場に戻って行く彼の後ろ姿を見つめることしかできない。
かと言って此処で無理やり連れて行ったところで治療に協力してくれるか分からない。
私は彼の後ろをついて行くと仕方なく問診を始める。
「何だよ、付き纏うんじゃねぇ。何度言われても行かねぇからな。」
「…分かってます。問診して熱を計ったら薬を調合して今日は帰りますから。いつから体調が悪いのですか?発症日を知りたいんです。」
「……一昨日だ。」
一昨日…と言うことは大体この二週間患者を診てて気付いたのは潜伏期間が大体二、三日程度…だと仮定して、六日前に感染したと言うことだ。
「…六日前に誰かと会食なり、感染者やその御家族と会ったりしませんでしたか?」
「…感染してるかは知らねぇけど里の中で数人と会話はした。飯は一緒に食ってねぇ。」
それならばそこで感染したのだろう。
ひょっとこのお面をしていても所詮は予防措置に過ぎない。
罹るときは罹るのだ。
鋼鐡塚さんは不運だったと言うだけ。
「咳や鼻水の症状は?」
「…ある。」
「痰は出ますか?」
「少しな。」
痰が出ると言うことはやはり呼吸器に少し炎症があるのだろう。
私は彼の後ろから去ると居間に薬を広げ出した。