第26章 君の居ない時間※
険しい山道を滴る汗を拭いながら登っていくと、小さな家が見えてきた。
もうすぐ夏だ。
何もしていなくても汗が噴き出すこの季節。
山奥で町中に比べると涼しいが、山登りをしているのだから暑いに決まっている。
しかも私たちは感染対策のために口を覆い、全体を防護服で覆われている。蒸し風呂状態だ。
「やっ、と…!見えてきた…!」
「流石に暑いですね。この時期は。」
「そうだね。予防接種して舞扇を受け取ったら早く帰ろう。」
家の目の前まで来ると「鋼鐡塚さーん。」と声をかける。現在、刀鍛冶の里全体に外出禁止令を出している。
里の中にいる分には問題ないが、外の町に行くのを禁止しているため、鋼鐡塚さんも此処にいるはずだ。
産屋敷様が最初、此処のことを話してくれた時に言っていたが、業務が事実上停止していると言うのはその時既にスペイン風邪が蔓延していて業務を続けることが困難だったと言うこと。
鋼鐡塚さんも最初会った時に「暇なんだ」と言っていたと言うことは業務が停止していたからだ。
それから感染者は飛躍的に減り、刀鍛冶の里は復旧しつつあるが、予防接種を全員して、最後の患者様が退院するまでは油断できない。
しかし、居るはずの鋼鐡塚さんは声をかけてもなかなか出てこない。
寝ているのだろうか?
もうすぐ昼だ。それならば寝すぎではないか?
いや、徹夜でもしていたら一概には言えないが…。
「…鋼鐡塚さーん?ほの花です。舞扇を取りに来ました!」
今度は扉をトントンと叩いてからさらに大きめの声を上げてみるが、反応はない。
鉄珍様は「刀のことになると融通がが効かない」と言っていたし、まさに舞扇を研いでいる最中なのだろうか?
そうは言っても予防接種だけはして帰りたい私は意を決して扉に手をかけた。
「鋼鐡塚さーん!入りますよー?予防接種しに来ました!鉄珍様に許可を得ていますのでー!」
もう一度大きめな声を張り上げると、扉を開けた。
中からはムワッとした熱い空気が漂ってきて、長い間締め切っていたことを物語っている。
小さな家だ。
扉を開ければ中の状況は一目瞭然。
だから、居間に倒れていた黒い物体に私はその場で目を見開いた。