第1章 はじまりの夜
「……ふぅ」
一人テラスに残された祖母は、ティーワゴンに置いていた本を手に取る。
「花と毒のすべて」———リラの遺したいくつかの品々のなかで、
一番損傷の少なかった遺品だ。
昔から花を育てることを好いていた彼女は、
自宅の中庭で美しい花を愛でることを心の慰めとしていたのだ。
ぱら、とページを繰りながら、生前の彼女がみせた様々な表情をひもとく。
(……リラ、)
雪のように白い肌、紅い血汐を透かした唇、知性と感情の炎を宿した深い青の瞳………。
よく微笑い、くるくると変わる表情は
ヴァリスの起源と言っていい程、ふたりは互いによく似ていた。
快活で、ひたむきで、そして誰よりも優しく、他者の痛みを分かつ強さを持ち合わせる。
穢れのなく気立てもよいふたりは、祖母の自慢の娘たちだった———あの日までは。
「………っ」
あの日のことはもう十年以上も前の出来事だというのに、
穏やかな死に顔も、
冷たくなっていく指がこの手をすり抜けていった感触も、今でも鮮明に憶えている。
「……リラ」
彼女が一番に愛していた花であるライラックに指を滑らせる。
深い紫に染まるその花は、彼女が殊更に慈しんでいた花だった。
「どうかあの子を見守っていて頂戴」
さぁ……と柔らかな風が頬を撫でる。
年老いたその身を包み込んでいくようで、何だかそれがとても物悲しかった。