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焦がれた恋情☩こころ☩に蜂蜜を【あくねこ長編】

第1章 はじまりの夜


………と。ヴァリスの背にふれていた手が上へと移動し、頭を撫でてくる。



(リラが遺したこの子を、永遠に見守られる筈がない)

あんな形で両親を喪ったヴァリスを、

彼女は孫娘としてだけでなく、

充分に愛を与えてやれなかったリラの償いとして慈しんできた。



(リラ、………おまえの娘は、本当におまえ達に似ているわ)

母であるリラに生き写しの容姿と、

繊細でしたたかな父であるノエルの内面を受け継いだ娘。



(せめて、おまえが幸せになる日まで、おまえを見守ると誓いましょう)



「………? どうしたの?」

ふいに祖母の眼差しが変貌ったことに気づいたヴァリスがそっとみつめてくる。

問うような視線に微笑って、ぱしん、と半ばしたたかにその背に手を打ち付けた。



「何でもないわ。

それより、今日は図書整理日だと言っていなかった?」

忘れかけていた予定を指摘され、はっとしたように瞳が冴えわたる。



「そうだった……! ありがとう、おばあちゃん」

サンドイッチを食べ終わると立ち上がる。

マリスを抱き上げてテラスを出ようとしたその背に声をかけた。



「……ヴァリス」

こちらを振り返った孫娘を両眼をみつめる。

何処か頑是の無さを残した深い青の瞳を祈りを込めるように見返した。



「おまえはおまえのままでいて。

その指輪がおまえの往くべき場所へ導いてくれるから」

彼女の指輪を示す。

金色の造りに、中央に涙のひと雫ほどの大きさの幽霊石(ブルークリスタル)を嵌め込んだそれは、

代々マリアドールの娘に受け継がれてきた品だった。



小指を出した祖母に微笑んで、そっと小指をからめる。

まるで幼子同士がするような約束の仕方に、思わず笑んでいると。



「……にゃあ」

………と。

彼女の足元へと飛び降りたマリスが、ヴァリスの長靴を爪で軽く引っ掻いた。



そのさまにしゃがみ込んで、

「うん、………そろそろ出勤しなくちゃね」とその毛並みを撫でた。



「ごちそうさまでした、おばあちゃん」

再びマリスを抱き上げて、今度こそテラスを後にする。

その後ろ背をみつめる視線に気づかないままに………。
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