第3章 捻れた現実
カツ、カツ……としたたかに長靴を打ち鳴らす。
その胸のなかは混沌で満ちていて、唇をかんで散らした。
「ヴァリス様……!」
手首をつかんで名を呼ぶと、ようやく音が止んで。
「っこっちをみて!」
唇を噛みしめたまま俯くその頬を包む。
「っ………。」
途端、そのひかりに魅入られた。
怒りと悲しみ、そして図り知れぬ自責の彩色を宿した、鮮烈な瞳。
強烈に、女を感じた。
儚くもしたたかな、その内面の脆さを映しているようで………。
「……………………。」
けれど彼女のほうは、みるみるその瞳を凍てつかせた。
「主様……?」
とまどう声に、みずからに向けられる眼差しに、眼裏で甦る記憶。
———陽の光さえ潰える、暗く冷たい一室。
痣と切り傷だらけの小さな身体——
———冷たい眼をした父と、
泣きながら赦しを乞う母。
その手は彼のものでない血に塗れ、
振り上がる拳をただ見つめて——
「!」
とらわれた手首がぐっと引かれ、気づけばアモンの腕のなか。
みひらく瞳の先に、痛ましげに瞳を翳らせる彼の姿があった。
「主様、オレ達じゃ頼りないっすか?」
「ち、違………ッ」
抗うその身を、より強く抱きしめる。
華奢なその身に背負う、哀しみごと融かすように。
「話してください、………あなたの苦しみを」
ラムリも声を重ねる。
ゆれる瞳をみつめ、ただふたたびヴァリスの唇がひらくのを待った。
「……ごめんなさい」
「! 主様」
「貴方たちを頼りないなんて、思ってないの。
でも……私は………ッ」
唇を震わせて、尚も拒むその姿に、それ以上の問いを重ねることはできなくて。
ただ彼女を、強く、つよく抱きしめる。ラムリも手を伸ばして、その髪を撫でた。
「ごめんなさい、……ごめんなさい………っ」
その胸にすがるあるじを、ただ声もなく抱きしめる。
嗚咽に震える身体を、己の温もりで癒すように。
「どうして、こんなにも………。」
「え……?」
腕のなかで身動ぐ前に、一層強く引き寄せる。
………今だけは、そうしていても許される気がした。