第3章 捻れた現実
「主様……!」
鋭い声が場を震わせる。
びくりと身を強張らせた彼女は、漸く瞳の恐れを消し去った。
力の抜け落ちたその身を支え、窓辺から離す。
「落ち着いて。大丈夫、………大丈夫ですから」
何度も背をさすりながら、囁きかけてくる。
その手の温かさに、しみ込むように優しい声音に、
あれほど動揺していた胸の内が、嘘のように消え去っていく。
「っ………私、」
紡ぎかけた唇に指先をあてる。
瞳は忙しなく宙をさ迷い、悪しき夢から醒めたかのようで。
「俺達は、何も聴いていません」
「!」
みひらく瞳。瞠目する瞳の先で、優しく微笑った彼らの姿があった。
(何も、聴かないでいてくれるんだ)
じわりと、胸のなかで温かさが滲みはじめる。
………と。ハウレスの手が伸びてきて、ヴァリスの頬にふれた。
その指が目元をなぞり、そこで初めて、みずからの状況を思い知った。
「……泣き虫さんですね」
柔く、わずかに解けた瞳で、ラトも手を伸ばしてくる。
冷たくも優しい指先で、その涙を受け止めて。
「ご……ごめんなさ………、」
唇に指先をあて、その言葉を奪ったのはベリアンだった。
濡れた瞳に、優しく微笑ったそのおもてが映る。
「咎めている訳ではございません。寧ろ——嬉しいのですよ」
「?」
問うようにみつめる瞳に、その唇が笑みを深めた。
「垣間でも、貴女の弱さに触れることができて、
私は——とても嬉しいのです」
『不謹慎ですが、これが私の本心なのです』。
そう言って微苦笑する姿に、張り詰めていた心が解けていく。
(……この人達は、心から私を案じてくれているんだ)
胸のつかえを呑み下すと、自然と唇が笑みを描いた。
「……ありがとう」
心からの微笑に、彼らの内も温まる。
その光景をみつめる瞳に気づかないまま。