第3章 捻れた現実
「? 主様……?」
ハウレスが問いかけた時には、穏やかな笑みに戻っていた。
「ううん。それより……この屋敷の外は森なんだね」
コツ、コツ……と窓辺へと近づく靴の音。
硝子に写ったのは、すこしばかり寂しげに笑ったみずからの姿だった。
(森をみていると、あの頃に戻ったように感じてしまうの)
そっと、硝子に指を滑らせる。ふれた指から伝う風の冷たさ。
強く、叩きつけるように吹き付けては、硝子を軋ませる。
瞳を巡らせていたヴァリスが、その眼にとらえたのは。
「!」
闇のなかで朧げに光る、ふたつの紅。血の赤よりも紅い、深いふかい紅の色。
「マリス……?」
知らずその名を告げると。その眼は森の影へと消えて去って。
「待って……!」
思わず窓から身を乗り出す。
伸ばした指が空をつかみ、悲痛な叫びが場を震わせた。
「危ない……!」
バランスを崩しかけたその身体をハウレスが抱き留める。
「離して、マリスが外にいたの……!」
がむしゃらに抗う彼女を、抱きしめることで封じる。
「落ち着いてください、主様!」
腕のなかで、悲痛な声を上げ続けるヴァリス。
繰り返しその名を呼びながら、儚く闇を撫でる指先。
「いや、………いやよ、マリス……!」
制止の声も届かない様子で、尚も抗う。
その表情は悲壮に彩られ、瞳は母にすがる子供のように、
不安と心細さ、そして言い知れぬ孤独に揺れていた。