第2章 主人として
「どうしたの?」
不思議に思って声をかけると、はっとしたようにその瞳が冴えわたる。
「何でもありません」
笑みをのせて呟く。
鏡ごしに見つめると、その視線から逃れるように手元に集中した。
(この香り……変だと思われてないかな………?)
石鹸や香水といった、造りもののそれではない。
彼女自身が、自然に纏っている芳香なのだ。
艶やかな髪を編み込んで、透かし細工のバレッタを飾る。
菫の花を形どった、銀細工の髪飾りだった。
「よし。終わりましたよ」
パチンとバレッタの金具を留めると、ヴァリスは微笑んだ。
立ち上がると、フルーレの前で軽やかにターンしてみせる。
「ありがとう。本当に素敵なドレスね……!」
微笑みに形づくった唇に、彼の瞳が温かく和んだ。
ぼーっと痺れたようにみつめられ、すこしばかり恥ずかしくなる。
「フルーレ?」
その瞳でとらえたのは、はっと吐息を封じたその姿。
慌てて「なんでもありません」と呟くも、こちらへと手を伸ばす彼女。
「具合が悪いの?」
執事たちのなかで一番小柄らしいフルーレ。
その彼より幾許か背が高い彼女は、そっとその頬にふれてきた。
「本当に大丈夫ですから、」
したたかに顔を背ける。怒ったような声音だった。
(……子供扱いしていると思われているんだね)
ふいと視線を解いて、必死に自戒している彼に、ヴァリスは唇をひらいた。
「フルーレ……?」
その唇が彼の名を紡ぐ。
柔く穏やかな瞳でみつめるも、彼は視線を解いたままで………。
「フルーレ、どうかしたのかー?」
叩扉とともにとらえたのは、ロノの声。
「起きているよ、どうしたの?」
そっと応えると、続く言葉。
「朝食ができたんで、呼びに来たんです」
「わかった、すぐに行くね」
『いこう』。そう微笑いかける彼女に、笑みを返す。
「はい」