第1章 はじまりの夜
(綺麗……。)
全てを喰らい尽くしていく炎とも、
陽が堕ちゆく刹那に輝く夕陽の紅とも違う———感情のいろを宿したその瞳。
「シィ……。」と唇に人差し指をあてる。
小さな身体の至るところにある痣を見止め、「彼」は痛ましそうに瞳をゆらめかせた。
「(大丈夫だよ)」
唇の動きだけでそう伝えるも、彼はさらに唇を歪めるだけ。
その悔しさと憤りが滲み出るような表情に、ヴァリスは彼の袖口をつかんだ。
そして密やかな微笑を湛え首を振る。
全てを喪った者がみせる、果敢ない笑みだった。
その指に「彼」のそれがふれ、引き寄せていく。
「!?」
気づいた時には彼の腕のなかだった。
声を上げかけた彼女の唇を覆い、その耳をかすめた声。
「生きて、幸せになりたくはないのですか」
彼の言葉が彼女を導くようにその内を駆け巡る。
けれどヴァリスはそれを拒んだ。
つかんだ指先を解いて、きっぱりとした声で告げる。
「私にそんな資格ないよ」
そう断言すると、彼は手を差し伸べてきた。
瞠目する瞳の先で微笑んだその表情は、何処までも優しく、そして真摯なものだった。
「お手をどうぞ。
あなたが生きていたいと願える場所へ、あなたをお連れします」
踏み躙られた心のなかに、沁み込んでいく彼の言葉。
それはさながら、乾いた大地を潤す清水のようだった。
「私は、まだ生きていて、………いいの?」
震える声で問いかけると、彼は跪いた。幼いその手を取ってその甲に口付ける。
「えぇ、………あなたが真に願ってくれるなら」
儚い指を伸ばし、おずおずといった様子でふれ、そして重なった。
それが、「彼」との出逢い。
全てを喪った日の、その運命すらひっくり返すきっかけの瞬間だった。