第1章 はじまりの夜
そのさまに唇を笑みに染めているボスキに、ベリアンは唇をひらく。
「そうです。ボスキくん、主様のほかに猫はいなかったのですか」
「猫?」
えぇ、と頷く。
「主様の愛猫です。黒猫で……恐らく主様とともにこちらの世界へ」
「俺は主様しか見ていないが、そういや……、」
「なにか遭ったのですか」
「主様を抱いて馬に乗った時、光る眼がこちらを見てましたよ」
『さすがに暗すぎて、猫かどうかまでは確認できなかったが』。
ガシガシと頭を掻きながら呟く。ベリアンは顎に指をあてた。
「恐らくそれが主様の愛猫でしょう。夜が明けたら森のなかを捜索しましょうか」
靴の音を忍ばせて窓辺へと近づく。
カーテンをめくると、空は半ば黒曜に呑まれかけていた。
(美しい三日月が浮かんでいますね)
その姿の半ば以上を陰に呑み込まれた——されども陽を凌ぐほど煌めく三日月が空を統べる。
その周囲をかすかに輝く星々が彩り、彼女の来訪を祝福していた。
「ベリアンさん?」
その声に彼のほうを振り返る。問うような眼差しにベリアンは微笑んで見せた。
「何でもありません。
それより……ボスキくん。貴方はもうお休みになられては?」
眠たげにゆらめく眼をみつめれば、「そうだな」と欠伸をかみ殺す。
「あんたも無理をするなよ、ベリアンさん」
密やかな長靴の音が次第に遠ざかっていく。
ベリアンは窓辺から離れ彼女のほうへと歩み寄った。