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焦がれた恋情☩こころ☩に蜂蜜を【あくねこ長編】

第6章 惑いの往く末 前編


「大丈夫よ」

そう呟いて瞳に映っていた惑いのヴェールを取り払う。

胸の内に宿った疑念ごと上塗れば、三組の瞳が問うようにみつめてきた。



「私のことなら気にしないで」

笑みを浮かべたままやんわりと拒絶する。



その微笑に何処か棘が滲んでいることを見止めたベリアンは、

複雑な心境を抱えたまま胸に手を当て一礼する。



「かしこまりました」

やっとの思いで音とする。

けれどさ迷う瞳に彼の本心を悟ったヴァリスは、彼の頬に指を伸ばす。



「っ主様?」

その頬に触れて、紡ぎかけた唇に人差し指をあてがい次の声を奪う。



「そろそろ戻ろう、………きっと皆が心配しているよ」

舌の先に載せられた悲鳴のような叫びを半ばしたたかに嚥下して、バスティンとベリアンに告げる。



「はい、………主様」

差し伸べられたベリアンの掌に、みずからの指を重ねる。

振り返りざまにハナマルに微笑いかけ、その唇で紡いだ。



「またね、ハナマルさん」

にっこりと微笑んで片手を振る。

その笑顔に仄かに圧倒されつつも、彼は笑みを返した。



「あ、………あぁ」

三組の靴の音が次第に遠ざかっていく。

その後ろ背が完全に見えなくなったところで、ハナマルは懐を探った。



「主様………ねぇ」

色褪せて、ぼろぼろになった羊皮紙を広げてみる。



「やっぱりそっくりだ」

そこにはある女の姿絵が描かれている。

絵の具が劣化して変色しつつあるその姿は、先刻までここにいた彼女に似すぎていた。



髪と瞳の色こそかけ離れているが、その笑顔としたたかなひかりを放つ瞳は相違ない。



「なんで、………こんなに気がかりなんだろうな」

ぞんざいに折り畳んで、再び懐に仕舞い込む。



「そろそろ俺も戻らないとな」

独りごつと夜の森を歩き出す。

けれどそれでも、笑顔で拒絶するその姿が眼裏から消えることはなかった。
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