第6章 惑いの往く末 前編
「助けれてくれたお礼は言いますけど、美しいと称される謂れはありません」
ふいと彼から視線を解きながら呟く。
込み上げてくる苦々しさを呑み下すように唇をかむと、
その指が ぽん、ぽん、とヴァリスの頭上に打ち付けられた。
「ははっ………あんた、なんて言うか子猫みたいだ」
少年のように屈託のなく微笑いながら呟かれ、頬に朱を集わせた顔で少しだけ睨む。
「っ………!」
からかわれた悔しさに怒っていても、彼はますます微笑うだけ。
その瞳は悪戯なひかりを宿していて、と同時に何処か安堵したような感情も映していた。
「そんな顔してると、ますます子猫みたいだぞ〜」
「もう……!」
彼の真意はわかっていても、感情を弄ばれた悔しさと恥ずかしさがより胸の内を支配していた。
(私が暗い眼をしていたから、それを忘れさせるためなんだろうけど……!)
悔しくて腹立たしくて、頬を染めて怒っていると、見かねたバスティンが唇をひらく。
「ハナマルさん、主様をからかいすぎだ」
「おっと、悪い悪い。あんたもごめんな、………からかって」
そう言って優しい弧を描く唇。
けれどその瞳は彼女ではない他のなにかを見ているかのような、遠く寂しげないろを宿していた。