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焦がれた恋情☩こころ☩に蜂蜜を【あくねこ長編】

第6章 惑いの往く末 前編


「俺は、あなたを知りたいと思っている」



「!?」

猫たちを撫でてた指がピクリと震える。

漸くバスティンを見上げると、彼はさらに声を重ねた。



「何故だろうな。

他の奴らに対してはそう思っていないのに、………あなただけは放っておけないんだ」

ふいに告げられた言葉に心音が駆ける。

跳ねた鼓動を隠すように微笑めば、自分をみつめる真摯な瞳があった。



その双眸には嘘もまやかしも映っておらず、ただ彼女を案じる思いが宿っている。

それがわかったから、尚のこと心が揺さぶられた。



「俺には、教えてはくれないのか?」

伸ばした指が目元をなぞる。

今にも零れ落ちんばかりに瞠目していた眦を労わるようにそっと撫でられて、彼女は唇をかんだ。



「……………。」

戸惑いと動揺。その二つの感情を混ざり合わせた瞳を向ける。



澄んだピンクトルマリンの瞳には、強い意志が宿っていた。

それだけで、彼の言葉が心からのものであると悟る。



(彼は、本気でそう言っているんだ)

胸のなかに陽だまりが差し込む。

それが「嬉しい」という感情なのだと気づき、自戒するためにより強く唇をかんだ。



(駄目……。だって、………私は、)

あの日からずっと心に刺さったままの氷の棘。

脳裏でこだまするのはあの日の言葉。それは、自分の「二人の」父の声だった。



(【二人】の……?)

みずからの思考に戸惑いを感じながら、彼女は唇をひらく。



「それは、私に向けられるべき感情じゃないよ」

干上がった咽喉から発せられたのは、自分でも驚くほど冷たい声音。



それにバスティンが息を呑む。

一瞬にして凍てついた瞳を向ければ、彼はまっすぐに見返してきた。



「そんな、………俺はただ、」

伸ばされた指をやんわりと払う。その指から逃れるように一歩引くと唇をひらいた。



「少し……歩いてくるね。

供はいらない、………一人で歩きたいの」



「主様……!」

叫ぶ声を振り切って走り去った。
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