第1章 はじまりの夜
猫の鳴き声が聞こえた気がして、ヴァリスはゆっくりと瞼をひらいた。
「! 主様」
傍らの椅子に座っていた青年がほっとしたような表情をみせる。
白磁に紅と黒曜のメッシュが入り交じる髪、
その瞳は髪と同じ色合いの紅色で、陽に透かしたロードナイトのように温かかった。
白と黒。その布地が半々ずつ切り替え燕尾服として仕立てられたジャケットを纏い、
その下に赤のタブレットを合わせている。
胸元を飾るのは黒いフリルのついたネクタイで、
それに細身のパンツを合わせており、
それぞれジャケットと同じ———白の黒の布地が半々ずつ切り替えられた服を纏っている。
足元は黒と白のストライプ柄のリボンで編み上げたショートブーツで、大きな蝶々結びが揺れていた。
「あなたは? それに、ここは……?」
さっと瞳を巡らせ、彼女はここが祖母の書斎でもなければ、
同家の自分の部屋でもないことを理解した。
「私はベリアン・クライアンと申します。
この世界における、貴女の執事でございます」
(! マリス……!)
「私の他に猫が、………黒猫がいなかったですか……!?」
急いて起き上がると、その身を駆け抜けたのは鮮烈な痛み。
「いたた……。」
腕を押さえる肩に大きな手がふれる。
花が降るような優しい手付きでそっと添えられた。
「主様、ゆっくりと起き上がりになられてください。
お身体に障りますから」
「は、はい」
温かな指の感触に少しだけ身を固くしながら、彼の手に従ってゆっくりと半身を起こす。
「…………………。」
(ここが、おばあちゃんの言っていた、私の往くべき場所なのかな……。)
みずからの指で煌めく指輪に視線を落としていると、
「お腹はすいていませんか」と温かな粥とスープの乗った盆を引き寄せた。
「失礼します」と一度断りを入れてから、
スプーンで掬った粥にふぅ、………ふぅ、と吐息を吹きかける。
「どうぞ、………主様」
そう言って彼女の唇にスプーンを近づける。
「っ………。」
素直に唇をひらくけれど、否応なく頬に熱が集うのを感じる。
自分で食べようと指を伸ばしたくても、軋むような身体の痛みがそれを阻んだ。