第1章 はじまりの夜
「もうじき着くから眠るなよ」
華奢な身体を一層強く引き寄せて、その耳をかすめた声。
彼の胸に包まれながら、霞に染まった意識のなかでぼんやりと拾う。
(私を、何処につれていくの……?)
そう問いかけるには思考は濃霧に包まれすぎていて、
わずかにひらいた唇から流れ出たのは意味を成さない呻き声。
「ぅんん……。」
眠たくて重たくて、ただ睫を震わせた。
眠っているその顏をのぞき込む、別の声をとらえる。
「主様、眠そうっすね……。」
指が伸びてきて、頬にそっと添えられる。
温かな指が頬をなぞる感触に、胸の奥で温もりが滲んだ。
(あなた達は、………だあれ?)
夢と現の狭間を陽炎のようにさ迷いながら、浮かんでは消えゆく疑問。
やがて目的の場所へとたどり着いたのか、徐々に蹄の打ち鳴らす音が緩まっていく。
馬から降り立つ音がして、ふわりと抱き上げられた。
壊れ物を扱ように、揺らして起こさぬように。足音さえ潜ませて運ばれていく。
「お帰り! ボスキさん、アモンさんも……って、主様………!?」
とらえたのは太陽のように快活な声。
カシャン、と何か重いものを地面に置く音がして、こちらへと駆け寄ってくる。
「しぃっ……! ロノ、主様が起きちゃうっすよ」
ロノと呼ばれたその青年は、「すみません」と慌てて声を落とす。
そろりと額に手が重ねられ、「冷て、」とその指が離れていく。
「森のなかで倒れてたんすよ。ロノ、ルカスさんを見てないっすか」
「私はここだよ」
コツ、コツ……と長靴を打ち鳴らしながら近づいてくるのは、甘さの滲んだ低い声。
ゆったりとした足取りでこちらへとやって来ると、彼女の顔色をみて表情を変える。
ボスキと呼ばれていた、
冷たさの沁みた声を持つ青年の腕から彼女を引き取ると、彼らに指示を出す。
「早くお部屋までお連れしよう。
それから……ロノくん。キミはおかゆとスープを作ってくれるかな」
「わかりました! すぐに作ってきますよ」
館のなかへと向かうその背を見送ると。
「いこう、主様。すぐにお部屋までお連れしますから———」
うと、うと、と揺蕩っていた意識が、深い微睡みへと沈み込んでいく。
眠りに落ちる直前に、マリスの呼び声が聞こえた気がした。