第4章 病魔 前編
かた、かた、と馬車が揺れている。
帳をしめた硝子に映る、みずからのおもてはわずかに強張っていた。
(……馬車に乗ってから胸騒ぎが加速したみたい)
唇をかんで散らしていると、ルカスの指が伸びてくる。
さら……と髪を撫でられ、その仕草にはじめて彼のほうをみた。
「大丈夫ですよ、主様。私があなたのお傍にいますから」
「!」
その視線の先に、優しい眼差し。
と同時に、瞳に宿っていた、霞のような邪念のヴェールがさっと消え去った。
ルカスはただにこにこと微笑んでいる。
その表情にヴァリスの胸に広がる、染みのような惑い。
(あの夜と同じ……。)
微笑んだ唇に、何処か別の思惑が滲んでいる。
ざらつく心中を見透かされたように感じて、そっと瞳を伏せた。
きゅ、と膝の上で重ねあわせた指を握り、睫を震わせる。
(どうして、こんな風に感じるの)
彼にみつめられると、何もかもを見透かされそうで。
それが何だか落ち着かなくて、さっと視線を解いた。
(主様、)
そんな彼女のさまに、ゆらめくナックの瞳。
長い睫の影に隠した双眸は、彼には図り知れない混沌を映していた。
知らず指を伸ばしかけた時、カタン、と馬車が止まる。
「主様、御到着でございます」
御者台からベリアンが告げる。
馬車の扉があいて、彼が手を差し伸べてきた。
「っ………。」
彼女が馬車から降り立った時、ふいに感じた何者かの「視線」。
思わずさっと瞳を巡らせ、そして気づく。
同一のエンブレムを縫い付けた軍服を纏う男達———おそらくはグロバナー家に連なる騎士だろう———が彼女を見ていた。
怒り、恐れ、憎しみ………。
四方八方から注がれる視線に彼女は微笑んで見せた。
「「!」」
その表情に男達が気圧される。
と同時に、さざめくような囁きが一瞬にして止んだ。
「いこう」
そう言って、高らかに靴の音を響かせた。