第2章 寮の怪異事件
靴を脱いで、静かに板張りの廊下を踏みしめた。
電灯には虫が寄っていた。
木の匂いがする。ここが東京とは思えない。
「ま、慣れるまでは退屈かもしれないけど、呪霊は空気読まないからね。暇になんないよ。」
そう言って私を連れてきたあの人、五条先生は、またふわりとした笑顔を浮かべて肩をすくめた。
「君の部屋はここ。隣にはと同い年の子がいるけど気にしなくて大丈夫。何かあったら彼を頼ってね」
ふと、壁の向こうに気配を感じた。
同い年の子…って、どんな人だろう。
部屋の前に置かれた真新しい小さな札に目をやると、そこには整った字で「伏黒」と書かれていた。
「じゃ、僕はもう行くね。部屋はすっからかんだけど、必要なものが届くまでは、そうだな、まぁ適当に。何かあったら、隣の彼に叫べば必ず来るだろうから」
ぽん、と肩を叩かれて、気づけば先生はもうふらっと夜の闇へと消えていた。
不思議な人だな。
自分の部屋に入ろうと、取っ手に手をかけたときだった。
「おい。」
ぴたりと動きが止まった。
振り返ると、隣の部屋から背の高い男の子が出てきていた。
真っ黒な髪に、鋭い目。まだ幼さが残る顔立ちなのに、どこか大人びた空気がある。
「…俺が伏黒。隣だ。」
彼はそれだけ言って、じっと私を見る。
なにかを計るような目。警戒してる、というより…距離を取っている感じ。
「先生に言われた。何かあったら駆けつけろって。俺、そういう係らしい。」
係…。私は思わず小さく笑ってしまった。
この人も、巻き込まれてるんだ。
「…あの、よろしくお願いします。」
緊張して深く頭を下げると、伏黒くんは一瞬、驚いたように目を見開いた。
けれどすぐに顔をそらして、壁にもたれるようにして言った。
「別に、任務だから。」
冷たい口調、仲良くなれる、かな。
そのあと、彼は少し沈黙してからぽつりと続けた。
「夜、怖かったら…隣、ノックしてもいい。たぶん起きてる。」
私は、何も言えずにただ、こくんとうなずいた。
その一言で彼がどんな人かわかった気がして、安心する。
この日が、私の呪術師としての最初の日。
まだ何もわからない。
何もない部屋を見渡す。
でも、隣に伏黒くんがいるなら、多分大丈夫な気がした。