第5章 桜 色 の 泪[煉獄杏寿郎]
心地よい気だるさを感じる体を起こし、身なりを整えた。
父上と千寿郎がいつ帰ってきても良いように。
布団の中では気持ち良さそうに瞼を閉じたはなが静かな寝息を立てている。
何度も唇を寄せた体には、いくつも赤い花弁が散っていて、無意識のうちにつけた跡の数に驚いた。
これは目覚めたはなから雷が落ちるかもしれない。それを覚悟して再び体を横たえた。
思いの外体は疲れていたようで、はなの頭を胸に寄せて目を閉じると、甘い香りに乗せて睡魔が襲ってきた。
少し眠るとしよう。
***
どれくらいの時間眠っていたのだろうか。屋敷の門をくぐる者の気配で目が覚めた。
時計を見れば、過ぎた時間はそう長くなかったが、やけに長く寝たような気持ち良さがある。はなの体温と香りを強く感じて安堵の中にいたからなのか。
腕の中の愛おしいはなは身じろぎ一つせずに、穏やかな寝息を立てている。
そっと頭の下から腕を引き抜くと、浴衣の前をしっかり合わせて部屋を後にした。
すると玄関の鍵がカチッと開き、扉が引かれると満面の笑みの千寿郎が顔を出した。
「兄上! お戻りになったと聞いて安心しました!」
人差し指を口に当てた俺の意図を察した千寿郎が小声で俺の帰宅を喜んだ。
「千寿郎、心配かけたな。今、はなが眠っている。兄のことで随分心配をかけてしまったからな。もう少し寝かせてやりたい」
「兄上も一緒にお休みになってください」
千寿郎は、目尻を下げて屋敷の中へ入って行った。
「父上、ご心配をおかけしました」
「あぁ。お前…はなに無理させてないだろうな?」
たった今までの営みを悟られたのだろうか。父上は鋭い眼光で射抜くように俺を見た。
「いえ、そのようなことは…!」
「もう少し上手く嘘をつけぬものか。襟が乱れている」