第5章 桜 色 の 泪[煉獄杏寿郎]
「不死川様、杏寿郎様はまだお帰りになってなくて」
「お前に用があって来てみりゃ、お前なァ…屋敷の奴らが心配してたぞォ」
「あっ…私黙って出てきてしまいました! すぐ戻ります! あっ、でも不死川様、私に用があるのですよね? どうしよ…」
「落ち着けェ。お前らしくもねェ」
不死川様は呆れたように慌てふためく私の方へ、降ってくる桜の花弁を目で追いながらゆっくりと近づいてくる。
「私らしいてどんなですか…? 何も心配せずに杏寿郎を黙って待つ私ですか?」
棘のある訊き方をしてしまったのに、不死川様は表情ひとつ崩さずに敷布の上に腰を下ろした。
「めんどくせぇ事訊くんじゃねぇよ。お前らしいってのは煉獄の横で幸せそうに笑ってる姿だろぉがァ」
そうか…私は杏寿郎様がいなければ自分らしくいることすらできないのだ。
「そうですか…ごめんなさい、私帰らなきゃですね」
「屋敷の奴らには爽籟を飛ばしてやらァ。まだここにいたいんだろォ? そんなしみったれた顔して戻っても屋敷が湿っぽくならァ」
「…はい」
「あいつがいなきゃ笑えねぇってそんな悪いことじゃねぇだろ。無理して笑った顔貼り付けてる方が見てる方もしんどいってもんだろォ」
誰が、この人を恐いと言い始めたのだろう。こんなにも…優しいのに。
「ありがとうございます。実は杏寿郎様が帰ってこないのです。今日、お花見の約束をしていたのに。杏寿郎様は何かあれば必ず報せを届けてくれます。でもそれもなくて。何かあったらと思ったら…」
「あぁ…それはなァ、任務が立て込んじまったんだァ。要も羽を怪我したらしくて連絡できねぇんだとォ。だから俺が言付けを預かってきた。『必ず帰る。帰ったら花見へ行こう』だとォ」
「良かった。ご無事なのですね」
「あぁ、ピンピンしてらァ」
この一言で体の力が一気に抜けていった。
良かった。本当に良かった。
「あぁ良かった! 安心したらお腹空いちゃいました! 不死川様もお弁当いかがですか?」
お箸を差し出すと、不死川様は大きく目を見開いた。
「おい、いいのかァ? 煉獄の為に作ったんじゃねぇのかァ?」
「杏寿郎様は今日もお戻りにならないのですよね? 私一人では食べきれません」