第10章 涙の向こうに見た青藍の瞳[冨岡義勇]
水柱の拳が、膝の上で小さく鳴った。
その音に気づいて顔を上げた時、彼はすぐに視線を逸らした。
「痛むだろう」
「少し……でも! しのぶ様が的確な治療をしてくださいましたし、同期が器用ですぐにさらしを巻いてくれたので、大事には至らずに済みました」
「その同期の隊士は男か」
「えっ? あっ! はい、最終選抜から一緒で、それから任務となると何故かいつも一緒で。腐れ縁ってやつです」
「俺を呼べばよかった」
低い声だった。けれどその一言に、空気がふっと揺らぎ一気に張り詰めた。
この人はやはり柱なのだ。ここにいるだけで緊張感が生まれる。
言いかけた言葉を飲み込んで口を噤んだ。
「なぜ俺を呼ばなかった」
「えっ……?」
いつもは氷のように静かな瞳が、今はわずかに揺れていた。
その青藍の色が、痛いほどに真っ直ぐで、
見つめ返すことができない。
すごく痛くて心細くて堪らなかった。逢いたいと願ってしまったけど──
水柱にだけは見られたくなかった。こんな情けない姿に幻滅すると思ったから。
この時、はっきりとわかった。私は彼に恋をしているんだ。
同期に触れられても、肌を見られても何とも思わなかった。けれど、水柱が触れたところはいつまでも熱を帯びたままだ。
逢いたくて恋しくて、あの瞳をもう一度見たいと思っていたのは、憧れでも畏敬でもない。
ただこの人が恋しい。積み上げてきた想いが爆ぜた。
それを自覚した途端、身体中が燃えるように熱くなった。
怒りに満ちた瞳を前に、抑えされないほど胸の奥がざわついている。
嫌いにならないで──
それだけが頭の中をぐるぐると巡っていた。
「水柱……には見られたくなかった……」
「他の男には見られたくなかった。お前の肌を!!」
窓を揺らすほどの声が響いた。
膝の上で握られた拳が震えているのは、怒りではなく戸惑いからくるものだと、すぐにわかった。
珍しく声を荒げ、遮るように放たれたその声に、胸の奥がじんと熱くなる。
そして部屋が静寂に満ちた。
雪の降る音すら聞こえそうなほどの静寂だ。
──私は生まれて初めて恋を知った。