第10章 涙の向こうに見た青藍の瞳[冨岡義勇]
「恋」
私には縁のないものだと思っていた。
あの青藍の瞳を知るまでは。
平凡で、ろくに強くもない隊士の私にとって柱とは、雲の上の存在だった。
それが現実に存在するのかさえ信じ難いほどに、遠い。
負傷した際に行く蝶屋敷の主である蟲柱とは顔を合わせる機会が多い。
それでも共闘することは一度もなかった。
けれど任務を重ねていくうちに、後方支援を命じられ、柱と行動を共にする機会が巡ってきた。もっとも、それは支援というより、柱の動きを見て学べという見取り稽古に近いものだった。
邪魔にならないよう距離を保ち、ただその剣の軌跡を目で追う。
けれどそんな機会もそう多くはない。
私がしのぶ様の他に唯一お会いした柱は、水柱。
柱の中でも気難しく、寡黙で、指示がいまいち伝わらないと噂される人だった。
正直、伝令を受けた時は少し落胆した。
けれどその思いは、剣が鞘から抜かれた瞬間、一気に吹き飛んだ。
水柱様の剣技は、見惚れるほどに美しかった。一切の無駄がなく、水が流れるように自然で、滑らかで、静か。
その後ろ姿を、息をするのも忘れて目を凝らして見つめた。
私に見えるのは背だけ。きっと私の存在にさえ気づいていない。