第8章 evergreen[不死川実弥]
白く引き締まった体にも、少し強面の顔にも、優しく私を包む手のひらにも無数の傷痕がある。まるで己を戒めるかのような傷痕は、見ているだけで涙が出そうになる。けれど、一番大きくて深い傷は心についている。そんな実弥さんは私の世界で一番愛おしい人。
口下手なあなたは、どんな優しい言葉よりもその触れ方で優しさを示してくれていた。触れた指先から伝わる愛は、きっとこれから先も私の生の活力となって常緑樹のように色褪せず、朽ちることのない想いとなって私の体に脈々と流れていく。
***
「実弥さん、ラムネ飲みますか?」
「あぁ。今日は特段あちぃからなァ。はなは中に入ってろォ」
紫陽花の花が瑞々しさを失い、梅雨の終わりを告げる。じりじりと照りつける太陽が、あちこちの水たまりに反射して実弥さんの白銀の髪を一層美しく見せている。額からつたい落ちる汗を腕で拭いながら、はしごを下りる実弥さんは、屋根の様子を見ていた。
「しかし昨日の雹はすごかったなァ」
「屋根もやられてしまいました?」
「いや、なんとか無事みてぇだァ」
「良かった。暑かったでしょ、ラムネ冷えてますよ」
「おぅ。ありがてェ」
冷たい手拭いと、ひんやりと心地よいラムネの瓶を差し出すと、実弥さんはラムネの瓶を一本とって栓を開けた。
プシュッと良い音を立てて涼しげな泡が吹き出して、キラキラとしたラムネが実弥さんの手をつたい落ちていく。
「んんっ!!」
「油断してんじゃねェ」
実弥さんの手元に見惚れていた私に、パチパチと弾けるラムネを流しこんできた。実弥さんのほうが喉乾いているだろうに、いつも私を優先するところ、ずっと変わらない。
「びっくりした…」
「冷たいもん飲んで、涼しいとこで休め。昨日の嵐であんまし寝てねぇだろォ」
もう一本のラムネの栓を開けながら、ぶっきらぼうな物言いで気遣う姿はきっと私しか知らない。
ラムネを流しこんだ喉の喉仏をこっくりと動かしたあと、実弥さんは、うめぇなと呟いて嬉しそうに笑った。なのに…
「……なぁはな」
「はい、なんでしょう?」
「……おめぇはいい男を見つけてここから出ていけ」
少しの沈黙のあと、ラムネの瓶よりもずっと冷たい言葉を投げかけてきた。