第7章 promise[煉獄杏寿郎]
5月の夜はまだ冷える。冷たくなった風を遮るようにパーカーのファスナーを上げた時、
「あの…」
背後から聞こえた声に振り向いた。そして息をするのも忘れて目を見開いた。
「これ…落ちましたよ。杏寿郎様」
「はな……」
目の前にはながいたからだ。
シンプルなネイビーのワンピースに白いパーカーを着たはなは明らかに現世に生きているとわかる。
そんなはなの手には巾着が乗せられていた。
しっかり結ったはずだ。たった今見た時には糸も切れそうでもなかった。
それが今はなの手にある。
そんな事はどうでも良いのだ。はながいる! はなが俺の前に。
「夢…なのか?」
しかし昨日の出来事はやはり夢で、これもその夢の続きなのではないのか。そんな事が頭の中を巡る。
「夢では困ります。せっかく逢えたのに」
「しかしなぜ…」
「杏寿郎様に逢いたくて、何度かお屋敷に行ったのですが…私の事を覚えていなかったらと思ったら怖くて勇気が出ませんでした。でも、逢いたい気持ちとお誕生日をお祝いしたい気持ちが抑えられなくてお屋敷に行きました。そうしたら槇寿郎様が出られて、杏寿郎様が向かった居酒屋を教えてくれたのです」
「父上が…」
「驚かせてしまいました。でもずっと顔を出せずにいた私を歓迎してくれたのですが、すぐに追いかけろと背中を押されてしまって」
「俺を追いかけてくれたのか」
「なかなか声を掛けられませんでした。でも杏寿郎様のボディバッグについた巾着を見て覚悟ができました。杏寿郎様は私を覚えていてくれていると確信を持てたから」
「当たり前だろう!! 君を一瞬たりとも忘れたことはない。想い続けていた。逢いたくて堪らなくて、君のいない人生は心に穴が空いたようだった」