第4章 桜の頃までそこにいて
「お前、女の涙なんかに絆される奴だっけ」
「涙のわけを聞いてたらあまりにもいじらしくて、離れがたくなったんだ。それどころか、そばにいたくなったんだよ。気づいたら "付き合って欲しい" と口にしていた」
「え!?もう告白してんの!?」
「ああ。一度断られてる」
「はぁ…一度断られたくらいじゃ引かねぇよな、お前は」
「まあな」
「うん…褒めてはないんだけど」
人前で泣くなんて、元彼のこと以外考えられない。
そして清瀬さんの話に覚えがないということは、初めて夜遊びしたあの日の出来事に違いない。
この前みたいにみっともない愚痴を溢してしまったということ?
いい大人が、仕事でしか交流のなかった人に対して色々とプライベートを喋り過ぎ。迷惑かけ過ぎ。醜態晒し過ぎ。
改めて自己嫌悪。
まあそれはそれとして、どのタイミングで部屋の中に入ればいいのだろう。
部屋の前をウロウロ行き来すること数秒。
「後ろ失礼しまーす」
私たちの個室に追加のドリンクを運びに来た店員さんが、背後を通過する。
そうだ、この人に紛れて入ろう。
ジョッキとお料理をテーブルに置いたあと、その店員さんは部屋から出てくる。
入れ違いを装い、私は無事、元いた席に座ることができた。
先程の清瀬さんの言葉が頭に残り、何だか気持ちが上の空だ。
何故私を好きになってくれたのか、実はこれまで謎のままだった。
陸上に関することでお互い意気投合したのは想像できたし、リハビリにおいて信頼してくれているのも伝わってきた。
けれど私を女として見た時、一体どこを好きになってくれたのかはいまいちわからなかった。
その答えを間接的に知ることになり、少なからず動揺している。
「なあ、さつき」
「はい?」
「正直、さつき的にはどうなの。ハイジのこと」
「な、待っ、何言ってっ、本人の前で!」
「は?ハイジなら仕事の電話があって出てったけど?」
上の空にも程がある。
清瀬さんが席を立ったことにも気づかなかった。