第4章 桜の頃までそこにいて
翌週も、私たちは毎日あの図書館でお昼を過ごした。
食事をしたあとそのままお喋りする日もあれば、お互いに好きな本を選んで読書に耽る日もある。
どちらの日でも、穏やかに時間は流れていく。
清瀬さんは先日の夜のことを一切口にしない。
この一週間、食事や飲みに誘われたりもしていない。
私への気配りだということは薄々わかっているけれど、何だか少しだけ距離を感じる。
午後は回復期の選手のリハビリ、トレーニング後の施術、練習メニューの相談に乗ったりと、午前中よりも忙しなく過ぎていく。
清瀬さんと会うタイミングが多いのもこの時間だ。
ただ、会話の内容は業務上必要なことばかり。
用件のある時にしか連絡をしない人だから、帰宅後LINEでメッセージのやり取りをすることもない。
要は、昼休みの間に交わす会話だけで清瀬さんとの時間は終わり。
何だか物足りなさを覚える。
我ながら、勝手だと思う。
「あ、雨だ」
夕方に差し掛かろうかという頃合いに、ふと外を見て気づく。
ついさっきまでは晴れ間が広がっていたのに、窓に打ち付ける雨で景色が滲んでいく。
「え!雨!?傘ないのに〜!」
そばにいた後輩が困惑の声を漏らす。
「すぐに止むよ。ほら、あっちの空晴れてるもん」
一帯は明るく、雲間からは光がこぼれている。
どんよりとした雲から降り注ぐ雨は嫌いだけれど、こういう情景なら結構好きだ。
いつまで続くのかわからない雨と、すぐそこに晴れが待ち構えているのを予感させる雨とでは、気の持ちようが変わる。
それから数十分。
選手への施術を終えて器具の片付けをしていると、ポケットのスマホが震えた。
清瀬さんからだ。
トーク画面には、画像が一枚添付されている。
「虹…」
橙色の空に架かる、ふんわりとした七色がスマホに映し出された。
いつの間にか雨は上がったらしい。
窓を開けて虹の在り処を探してみる。
[東の空だよ]
私の姿が見えているかのように、タイミング良くメッセージがもうひとつ届く。
「本当だ。綺麗」
大人になっても雨上がりの虹には心が湧き立つ。
私も思わずスマホを構え、消えてしまう前にその光を写真に残した。