第2章 リスタート
「おーい、風見さん?大丈夫?酔いが回った?」
「いえ」
「ちゃんと歩いてくれよ?この前おぶった時、実は結構重かっ…」
「すみませんでした!そんな風に言わなくても!」
さっきは女性扱いしておいて、"重い" はないんじゃない!?
確かに私はそれほどスリムな体型ではないけど!
心の中でプゥッと頬を膨らませた次の瞬間、気付く。
そうだ、膝……。
私を背負ったりして、古傷に響いたりしなかったかな……。
清瀬さんは「ごめん、ごめん」なんて笑いながら、駅の方角に向かって歩き出す。
小走りで駆け寄って、その背中を見つめた。
私を待っているみたいに歩幅はゆっくり。それから、チラリとこちらを振り返る。
「ごめんなさい」
「何が?」
「重くて」
「冗談だよ。それよりほら。今夜は月がよく見える」
清瀬さんの目線の先を追うと、澄んだ空気の向こう側にくっきりと輪郭を現す琥珀色の満月が光っていた。
言われなければ気づかなかった。
私は頭上を見上げるよりも、足元を見て歩くことの方がきっと多い。
女としての自信をなくしてからは特に、背を屈めて歩くのが癖になっている。
こんな風に空を眺めながら歩く夜は、随分と久しぶりだ。
「……お言葉に甘えます。家の近くまで送ってもらえますか?」
隣に、並んでみようかな。
清瀬さんの肩に追いついた。
「もちろん」
満月から私に視線を移したあと、その唇は弧を描く。
風はまだ少し冷たく、沿道には硬い花芽を付けた桜の木々が列を成している。
この蕾が綻び花が咲き乱れる頃、私と清瀬さんはどうなっているのだろう。
私の気持ち次第?
ううん。もしかしたら、清瀬さんの心変わりだってあるかもしれない。
開花予想などできない先行きのわからない関係を思いながら、私は清瀬さんと歩幅を合わせて歩いた。