第1章 One Night…?
「察しのとおりだ。1ヵ月経っても風見さんの気持ちが変わらなければ、その時はきっぱり諦める。ただ、君がうちの選手たちにしてくれているように、君にもリハビリが必要だろ?」
「リハビリ、ですか?」
「そう。恋愛のリハビリ。そのための友人期間だ」
悪夢のような別れから、半年。
ふとあの日のことを思い返しては、カサブタになりかけた傷を引っ掻くような真似をしている、馬鹿な私。
いい加減、悲劇のヒロインぶった自分にも嫌気が差していたところだ。
「俺たち、相性はいいと思うんだが」
悔しいけれど、私の今までの人生、こんなにもストレートに異性からアプローチされた記憶はない。
しかも、何の根拠があるのか自信満々の清瀬さん。
突如訪れた事態に困惑しながらも、不思議と嫌悪感はない。
「……今は、お友達までしか無理ですけど。それでもいいなら…」
「もちろん。"今は" それで十分だよ」
改めてそこを強調して、清瀬さんは満面の笑みを浮かべた。
この人の笑顔を見ていると何だか気が抜ける。
天真爛漫というか人たらしというか。
悪意が透けて見えないから、ぼんやりしているとまんまとペースに呑まれそうになる。
「帰ろうか」
「……はい」
グラウンドを出ていく清瀬さんの後を追う。
プライベートではどんな人なのだろう。
昨夜二人きりの時、きっと踏み込んだ話をしたのだろうけど。
記憶がないがために "清瀬コーチ" の顔しかまだ知らない。
悪い人じゃないのはわかっている。
仕事に熱意のある人だということも。
この人と、恋愛―――?
そんな関係になる自分は想像できない。
でも、傷ついたまま足踏みしていた場所から、一歩抜け出したい気持ちもある。
今はまだ隣に並ぶ勇気はなくて、清瀬さんの斜め後ろを付いて歩いた。
彼の茶色い髪が、夕日を通して琥珀色に見える。
そんな些細な変化すら、今日の私には新鮮に映った。