第6章 月夜に色づく ※
最初からわかってたんだ。
意地悪な人。
───でも、優しい人。
「今日一日、一緒?」
「ああ。一緒だ。どこか行きたいところは?」
「桜が咲いてたらお花見したかったけど…」
「とうに散ってしまったな。あ、植物園の藤の花は今が見頃だって聞いたな」
「藤?わ、見たい!」
「天気もいいし行ってみるか」
「私、サンドイッチ作ります。お弁当に持っていきましょ!」
「任せていいのか?」
「もちろん!」
料理のスキルが低くても、サンドイッチくらいは作れる。
やっと彼女らしいことができる気がして、俄然やる気が出てきた。
「卵はあるし…材料になりそうな野菜もあるな」
冷蔵庫を覗きながらハイジさんが言う。
「足りないのは食パンだけですね。少し歩いた先に、パン屋さんありましたよね?買ってきます」
玄関に向かおうとすると、手首を掴み引き止められる。
「…何?」
「そんなに慌てなくても、まだ売り切れる時間じゃない。デザートを食べてから散歩がてら一緒に行こう」
「…はい」
ゆっくり二人の時間を楽しんだあと、買い物のため部屋を出る。
ハイジさんの家に来たのは今回で二度目だけれど、アパートの周辺をのんびり眺めながら歩くなんて、これが初めてだ。
温もりが心地いい。
絵の具で塗り広げたような青空は、見事な快晴。
近所に巣があるのか、ツバメが飛び交う姿が見える。
道路脇には桜の木が列を成している。
この数の桜が咲き誇る風景はどんなに綺麗だっただろう…なんて頭を過ぎってすぐ、別の花にも気づく。
目に映ったのは、沿道に咲く洋紅色のサツキ。
開花予想だとか今が満開だとか、ニュースになるようなことはない。
去年どこに咲いていたのかも記憶に残らないような、ささやかな花───勝手に抱いていたそんなイメージは覆る。
街を鮮やかに彩るこの花がささやかだなんて、どうしてそう思っていたのだろう。
それに気づくか素通りしてしまうかは、心持ち次第なのかもしれない。
私の心に、春が来た証。
「さつき」
大好きな人が差し出してくれた手を握る。
目を配れば、きっと年中、其処此処に花は咲いている。
桜が織りなす美しい春の情景は、また来年まで楽しみにとっておくことにする。
次こそは、ハイジさんと並んで見られるように。