第5章 Dye Me In Your Hue/フロ監
深淵。一筋の光も届かぬ底は痛いほどの静寂が広がっている。
色も音も無くしたその場所では、見えぬカラダを掻き抱いてその感触で安心を得るしか無かった。
恐怖心という名の魔物に支配されぬよう、鼓動に縋り付いて。
✳︎
———……こ……ちゃ……
最初は自らの体を掻き抱いて、キツく閉じた瞼で視界を塞いで。それから痛みを伴い始める耳を両手で塞ぐ。体の内で鳴り響く鼓動だけに集中して、詰まるような呼吸に耐えながら奥歯を噛み締める。
———……ビちゃ……
怖い、怖い。助けて、助け、て……、助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて
「小エビちゃぁん」
耳を塞いでいたはずなのに、それでも鮮明に聞こえた声にユウはハッと目を見開いた。
シャランと三連ピアスの揺れに合わせて黒の束が濡れた頬を撫でていく。
「やっとこっち見たねぇ」
明度の違う双眸が、尖った歯列には似合わぬ穏やかな声と共に平べったく細められる。
ちゃぁんとここに居るからねぇ。片腕で抱き上げていた小さな体を少し浮かせて抱え直し、濡れた頬を指の背で拭ってやる。
あ、あぁ、良かった、来てくれた。良かった。声の代わりに震える息を吐き出したユウは、その瞬間にフロイドの肩口にこめかみを預けて意識を飛ばした。
「子分っ」「ユウ!」
力が抜けてだらりと落ちたユウの腕に、事の成り行きを黙って見ていたグリムとデュースは血相を変えてユウに寄ろうとするが、フロイドがシィと二人を制するように人差し指を窄めた唇に当てる。
フロイドは沈鬱な表情のまま立ち竦んでいるエースを一度だけ目視して、普段はユウ以外に見せることのない優しい表情をグリムとデュースに向けた。
「小エビちゃん、安心して寝ちっただけだからダージョーブ」
グリムとデュースは、フロイドの言葉に強張らせていた肩を緩める。
安堵の表情で眠るユウを見ていた二人の間から、ずっと黙っていたエースが割って入った。
「ユウに何があったんスか。何でそんなに、冷静なんスか」
エースは緋色の瞳を懐疑的に眇めてフロイドを見上げる。
ユウに異変が起こったのはつい先程の事だ。
魔法史の授業が終わり、教室を移動する途中の廊下。
確かデュースと昼飯何食う、のような他愛もない話をしていた時。