第16章 たったひとつの (五条悟)
恵くんと2人きりの夕飯は久しぶりだなあ、なんて考えながら前に恵くんが美味しいと言って食べてくれた豆乳のスープとパスタを作る。みんなで食べるお菓子はノンフライの野菜チップスにしようと思う。これならきっと野薔薇も食べられるから。
2人分の食事とお菓子をもって恵くんのお部屋へ。
『恵くーん』
がちゃりと開いたドアから出てきた恵くんが両手のふさがった私を見てすぐにトレーを受け取ってくれた。
「言ってくれれば迎えいったのに」
『これくらいひとりで持てるからへーきだよ』
「そういうことじゃねえんだけど…」
『ん?』
「いや、なんでも。…飯すげえうまそうだな。」
『前に恵くんが美味しいって食べてくれたものにしてみた。』
「あぁ、よく覚えてる。」
恵くんはどんな些細な事も覚えてることが多い気がする。私が思い出話をする度に、懐かしいと一緒に笑ってくれる。だから恵くんの中にはいつだって私がいるような気がして居心地がいい。
「もう食っていいか?」
『あ、うん!食べよっか!』
「いただきます」
『召し上がれ』
1番最初に口を付けたのは豆乳のスープ。大根とかこんにゃくとか肉団子とか入れてて豚汁の豆乳バージョンみたいな…?小さい頃お母さんがよく作ってくれたこれが大好きで、記憶をたどって再現した。
「やっぱ俺の作る飯すげえ好き。」
『味見し忘れちゃったんだけどお口に合った?』
「すげえうまいよ。スープもパスタも。」
『スープはおかわりあるから言ってね』
「ん、多分もらうわ」
言葉数の少ない彼でも「美味しい」とか「ありがとう」とかは伝えてくれる。多分これは一緒に育ってきたからなんだろうけど感情が表情に出やすくてとても分かりやすい。嬉しい、楽しい、悲しい、寂しい、そばにいて、全部顔に出る。野薔薇は鉄仮面なんて言ってたけど。
でも分からないことがひとつある
『恵くんて私のことどう思ってるの…?』
キスをした。身体を重ねた。
悟のところへ行こうとすると寂しそうな顔をする。
「…っこほ、…、え?」
聞いたらいけなかったのかも。
なんて思ってももう遅い。
だって恵くんが続く言葉を紡ごうとしてる。