第16章 たったひとつの (五条悟)
人前でキスなんて絶対いやだ。
ましてや伊地知さんに気を遣わせてしまう。
なのにこの圧はなに…?
『悟、近いよ。』
「ごめんねできたらちゅーしてくれるんじゃないの?」
『するなんて一言も…っん、』
一度身を引いた私に伸びてきた手が腰にまわってぐっと引き寄せられた。
『な、なに。』
「、して」
『や…伊地知さんに気遣わせちゃうから…』
「しーて!おねがい!」
分かってる、言い出したら悟は引かない。
それに伊地知さんはきっと悟のワガママにも慣れてる。いつも振り回されているから。私が腹を括るしかない、よね。
『伊地知さんごめんなさい、気にしないでくださいね』
「は、はい…っ」
悟の瞳には今、私か映っていない。
多分ここにいるのが伊地知さんだろうと他の誰だろうと悟は同じ行動をとる。
『…1回だけだよ、…っん、』
触れるだけの口付けをして少しだけ距離をとる。
「短すぎ!もう1回!」
『1回だけって言った!』
「分かったって僕言った?」
『…言って、ない…けど』
少しずつ距離を詰めてくる悟が私を端に追いやるから逃げ場を失う。ちらりとルームミラーを見るけど伊地知さんは悟ったように前だけを見て運転に全集中してる。
「ちゅーしよ…ね?」
『したじゃん…っ』
「だって車降りたら恵たちのとこ行っちゃうんでしょ。」
『一緒に授業受けるんだから当たり前でしょ…?』
「でも夜も恵たちと一緒じゃん!今夜は我慢するからあと1回だけしてー!」
昨夜から吹っ切れたように気持ちのタガが外れたみたいに好意がただ漏れている。見え見えの嫉妬は今までもあったけど、昨日の夜からって考えたらこんなに長引くことは無かったのに。
「してっ」
『…分かったから目瞑って』
「やったあ♡」
いつだってペースをもってかれるのは私の方。