第13章 お気に入り(松野千冬)
両親と一緒に暮らしていたときは幼いながらも少なからず愛されて育っていたと思う。毎日一緒にご飯を食べていたし、誕生日にはたくさんのプレゼントと私の好きなケーキを用意してくれた。
いつからだろう。
仕事が忙しいんだなあ、とは理解してた。
私が1人でお風呂に入れるようになった頃?それとも1人でおつかいに行けるようになった頃?いつからか私に手がかからなくなってきた頃、両親は家を空けることが多くなった。
私は寂しかった。
1度知ってしまった温もりが離れていくことが堪らなく寂しかったんだと今になって気づいた。せめて兄弟でもいたら良かったのにな。
千冬くんだっていつ離れていくか分からない。
「俺は言ったはずだ愛は鏡だ、と。」
『あ…』
私は千冬くんに彼と同じだけの愛を返しただろうか。
「何を恐れている?」
『もし離れてしまったら…私に向けられた愛が消えてなくなったらって考えると怖いんです…。』
「それは考えたって分かるもんじゃねえぞ。無償の愛なんてもんに期待するな。お前に想いを伝えた奴は今どんな気持ちだろうな。」
私が愛を知るまで待つと言ってくれた。
でもそれはいつまで…?永遠じゃない。
それなら私は彼と向き合うべきだ。
『…っ彼と、話してみます』
「それがいい」
『ありがとう大寿くん。お邪魔しました。』
「そこまで送る」
立ち上がって部屋を出ると、丁度階段を上がってきていた足音がピタリと止まった。
「ごめん兄貴…っ帰ってくるの知らなくて…お、俺たち外いくね…!」
あれ、この声…
大寿くんの背中から顔を出すと声の主は目を丸くして私を見る。
「え、ちゃん…っ?」
『八戒くん?』
「なんだお前ら知り合いか?」
「あ、や…っえっと、その…これは」
八戒くんどうしたんだろう。大寿くんとまるで目を合わせようとしない。怯えてる…?
『言ってなかったね、私東卍なの。八戒くんにはいつもお世話になってます。』
「東卍…」
「あ、兄貴…っちゃんは悪気とかなくて…!」
「こいつに敵意がないことくらい分かってる。お前が柚葉以外の女と話してるのは初めて見た。これからも八戒と仲良くしてやってくれ。」
「あ…え、?」
?
いいお兄さんじゃない。
八戒くんは何に怯えてるんだろう。