第13章 お気に入り(松野千冬)
もう教会には近づくなと言われ引きずられるようにずるずるとその場をあとにする。
『もう来たらダメなの?』
「ダメに決まってんだろ」
『…絶対だめ?』
「…俺がいるときにしろ。」
『圭介は?』
「あいつは喧嘩っぱやいからダメ。マイキーも過剰に反応すっからダメ。俺か…三ツ谷でもいいわ。それか隊長とか。まともなやつと行け。」
『私だって喧嘩強いよ』
「柴大寿は桁違いだ。隊長クラスじゃなきゃ渡り合えねえよ。」
『そっか。わかった春の言う通りにするよ。』
どんなに悪態をついても口が悪くても昔から変わらずに心配してくれる春。みんなの前では驚くほど喋らない彼だから、中には女の子と間違えてる人もいるって聞く。それほどまでに綺麗な顔立ち。当の本人は自身の容姿の良さには気づいていないだろうけど。
「そういや場地との約束の時間は?」
『まだもう少しある』
「んじゃ少し流すか」
『うんっ』
目的地はない。いつも通る道から少し外れて知らない道を走る。それだけで楽しい。住み慣れたこの街にもまだ知らない場所があるのだとわくわくする。
あっという間に時間は過ぎて春のバイクはいつの間にか圭介の家に着いていた。
『さっきの道曲がるとここに出るんだあ』
「あーうん、俺もこの前見つけた」
『私も今度からあの道とーろ。ていうか送ってくれてありがと!』
「最初からそのつもりだったろーが」
『バレてた?』
呆れ顔の春に抱きつくと急ぐようにマスクをする彼
『ちょっと!春みたいに寝ぼけてキスとかしないんですけど!?マスクなんてしちゃってひどい!』
「別にそこ警戒したんじゃねえし今あんま喋んな」
急に声のトーンを落として、まるで集会中みたいにスンと表情を殺す春に違和感を感じる。
「さん…?」
『あれ、千冬くんだ!』
「場地さん待ちすか」
『うん!千冬くんも来る?』
「えっと…でも…」
春の方を見て若干気まずそうにする千冬くんはどこか悲しそうな顔をしている。
「俺帰るわ。場地のケツ乗ってもメットは絶対着けろな」
『…』
「着けろ」
『着けます…。私のわがまま付き合ってくれてありがと春。気をつけて帰ってね。』
「はいよ」
エンジンをかけて走り出した春は、あの裏道に消えてすぐ見えなくなってしまった。