第13章 お気に入り(松野千冬)
初めて会う彼に、何故か不思議と話を聞いて欲しくなる。それは彼が私の話を何も言わずただ聞いてくれるからなのか、なにか別の理由があるのか私には分からない。
「お前は愛されたいのだな」
『そう、ですね』
一通り話したあと彼はそう言った。
「愛とは鏡だ。お前が誰かを愛せば自ずと返ってくるもんだ。」
『鏡…』
「誰かを愛したことはあるか?」
『分からない…』
両親を愛しているかと聞かれたら分からない。万次郎や圭介、春のことは大切だけど愛とは少し違うと思う。
「今はまだ分からなくともいつかは分かる。焦ることは無い。もしまた迷ったら俺に会いに来ればいい。」
『なんだか気持ちが軽くなりました。あ、えと名前…聞いてなかった』
「柴大寿だ、覚えておけ。」
柴大寿…どこかで聞いたことがある気がする。
『ありがとう大寿くん、私は。また会いにきます。』
「あぁ待ってる」
立ち上がった彼がゆっくりと歩き出してやがて扉の向こうへと消えていった。間もなくして入れ替わるようにバタバタと春が入ってきた。
『どうしたの慌てて』
「おい大丈夫か!?怪我は…っ!」
『怪我?教会に来てなんで怪我するのよ』
「今出てったの柴大寿だろ!?黒龍の頭!」
『あぁ、なんか聞いた事ある名前だと思ったら…黒龍の総長か。』
噂ではもっと化け物じみた人物を想像していたけれど、先程までここにいた彼は慈悲愛に満ちた男に見えた。
「いらねえ戦争起こすんじゃねえぞまじで…」
『普通に話してただけだってば』
「ほんとだな?」
『ほんとのほんと!だし、大寿くんいい人だったよ?』
「おま、嘘だろ…仲良くなってんじゃねえよ…」
『また会う約束したの』
「っざけんな!行かせるかよ!」
何をそんなに焦ってるんだか。
『噂でしか聞いたことの無い人を話もせずに決めつけたらいけないよ』
「あいつはまじで危険だ。女にも容赦ねえぞ。」
そんな風には見えなかったけど…まあ、春がこんなに焦る姿もあんまり見た事ないし一応気をつけておくか。
『分かった気をつけるよ』
「頼むぞまじで」
『ふぁーい』
気をつけはするけど何かあったらもうそれは仕方ないことだし。それはその時考えればいいのよ。