第13章 お気に入り(松野千冬)
『ねぇはる』
「ん」
『一緒にいてくれてありがとう』
「んだよ急に気持ち悪ぃな。
俺だって家帰りたくねえし丁度いいだけだわ。」
『でもありがとう。』
2人でご飯を食べて2人で眠る。
そんな毎日の繰り返し。
誕生日には必ず帰ってきていた両親もこの年から帰らなくなった。Birthdayカードとプレゼントが送られてきただけ。子供の私にはこれが酷く悲しくて、寂しかった。
「プレゼント貰えるだけ愛されてんだろ」
『でも毎年ちゃんと帰ってきてくれてたもん…』
「んな顔すんなよ一緒にいてやるから」
『うん…あのさ春。』
「なんだよ」
『だいすき』
「はいはい、もう寝るぞ」
呆れたようにため息をついて私の手を引く彼がどんなに心強かったか。
『ねえはる』
「なんだよ寝ろよ」
『キスってしたことある?』
「は?あるわけねぇだろ」
『そっか。』
「お前あんの」
『ないよ。ないから…どんなのかなって。愛して愛されるってどんなに温かいんだろうって思ったの。』
「俺達にはまだ分かんねえよ。」
誰かを愛して愛されなければ分からない温かさ。私はそれが知りたかった。
『はる、私とキスしよ』
「は??」
『キス、しようよ』
「んで俺がお前とキスしなきゃいけねんだよ。」
『だって知りたいんだもん』
互いを愛していなくとも大切な存在に変わりは無い。それならば少しくらいは知れると思った。春の熱に…触れてみたくなった。
「初めてなんだろ?俺でいいのかよ」
『それは春もでしょ?』
「男は別に…女はそういうの大事なんじゃねえの」
『春ならいい。』
「そーかよ…後悔しねえな?」
『うん』
壊れ物を扱うみたいに春の手が私の頬を包んだ。きゅっと目を瞑ると温かくて柔らかい彼の唇と重なる。ほんの数秒触れてからゆっくりと離れていく春を捕まえて今度は私から彼に触れる。
「…っおい」
『ありがと春…』
「は?なんで泣いてんだよ…っ!」
『は、るが…春があんまりにも優しくて…あったかいから…っ』
「別に優しかねえよ…気は済んだのか?」
『ぅん…ありがと』
春とキスをしたのはこれが最初で最後
この日、私たちは初めて抱き合って眠った。
私のファーストキスは
優しくて温かかった。