第13章 お気に入り(松野千冬)
夜中に目を覚ますと私はまだ春の腕の中にいた。黙っていると本当に綺麗な顔。羨ましいほどに長いまつ毛と透き通るような肌。その頬に触れるとゆっくりと瞼が開く。
「…んぁ、?」
『ごめん起こしちゃった?』
「んぁ…ん、いや、うん…うん」
『ごめーん』
むにゃむにゃとまだ半分夢の中にいる彼は、悪態をつくなんて想像もつかないほどに可愛いらしい。
「いまぁ…いま、なんじだ…?」
『3時くらいだよ』
「んぇ…さんじぃ?よなか…?」
『そ、だからまだ寝てていいよ』
「ん…んー喉乾いたァ」
『水でいい?』
「んー」
『持ってくるから待ってて』
部屋に置いてある一人暮らし用の小さな冷蔵庫。飲み物とチョコくらいしか入ってないけど。ペットボトルを1本取って春に手渡す。
「ん、さんきゅ」
『いえいえ』
「お前も飲む?」
『ん、貰う』
口に水を含んだ春が私の首元に手をかけて引き寄せた。あっという間に距離を失って温かな唇が触れたと同時に水が流れ込んでくる。
『…んんっ』
「は…わり、寝ぼけてた…」
『あ、うん…』
…いつだったっけ。
あの頃春は入り浸るように私の家にいた。
「お前また鍵開けっぱなしだったんだけど」
『そうだったっけ?』
「け?じゃねえよ危ないだろ!お前になんかあったらマイキーと場地がうっせんだっつの!」
『過保護だなぁ』
両親は帰ってこない。ずっとずっと海外にいるから。私を残して遠い海の向こうへとお仕事をしにいった。すごく寂しくて、その寂しさを埋めるようにマイキーや圭介と過ごした。友達といる時間が好きだった。
その中でも春は1番心配してくれていたんだと思う。年の離れたお兄ちゃんがお父さん代わりの春は千咒の面倒を上手く見れずによく怒られてた。危ないことをするな、千咒が真似をするって。
『春家帰んなくていいの?』
「帰んねぇよあんな家」
『武兄心配してるよきっと』
「してたら探しにくんだろ。それに俺が家に帰ったらお前一人になるんだぞ。寂しがりのくせにいいのかよ。」
『それは…やだ。』
1人はいやだ。