第13章 お気に入り(松野千冬)
「よし、眠い。寝る。」
『私も寝る』
「コップ洗うからお前先寝てていいよ」
『ありがとお』
自室へ向かう前に洗面所へ行き寝る前のスキンケアをする。歯磨きをして、まつげ美容液をぬって、保湿をして、唇にワセリンを塗る。寝る前のルーティン。
「あ、俺もその保湿のやつ使いたい」
『いーよ』
「これめっちゃ高くねえ?母ちゃんから?」
『うん、スキンケアは若いうちからやっとけって問答無用で送られてくるから使ってる。』
「トリートメントもクソたけえもんな。」
『あ、トリートメント春のバッグの中入れといたよ』
「おーさんきゅ。ありがたく使います。」
『あいあい、んじゃ先部屋行ってる。歯ブラシ新しいのどっかにあるから適当に使って。』
「んー」
春とは小さい頃から一緒だった。幼馴染ってやつ。万次郎よりも圭介よりも春はこの家のことを知り尽くしてる。例えば食器の場所とか、私がストックしてるお菓子の在り処とか。ゲスト用に用意してるスウェットとか私の着替えだって全部把握してる。
1人ベッドに沈んでいると部屋の扉が開く。
「相変わらずでっけぇベッド」
『でっかいおかげで2人寝ても広いでしょ』
私が寝転がっているところから少し離れたところに寝転がり、背を向ける春。そんなのってあんまりじゃない?
『ねえ春遠い』
「ベッドでけーんだからこんなもんだろ」
『やだくっついて寝たい』
「お前のそれ毎回なんなわけ」
『こんな広いベッド…寂しいんだもん。』
「買い換えろよ」
『何人かで泊まりに来たら小さいと寝られないでしょ。』
「好きにしろよ」
親からの愛なんて期待もしてなければ必要ともしてない…はずなのに寂しいと感じるのはやっぱり愛されたいと願っているからなのだろうか。嫌そうな顔をしつつも私のわがままを受け入れてくれる春には甘えてばかりだ。
背を向けたままの春に後ろから抱きつくとお腹に回した手をトントンと優しく優しく叩いてくれる。それが心地よくて温かい。寂しさが、孤独が溶けていくみたいな感覚になる。
『はる…』
「ん?」
『ありがとう』
「はいはい、もう寝ろ。」
こちらを振り返って抱き締め返してくれた春がまるで小さな子供を寝かしつけるように私の頭を撫でる。これをされるとあっという間に眠気が襲ってくるから春ってすごい。