第13章 お気に入り(松野千冬)
ここじゃ広すぎるから、と手招きをされて移動した先はたぶんさんの部屋。
あまり物がない。大きなベッドと勉強机。高そうな絵が飾られた壁。小さな冷蔵とテレビ。
「ここさんの部屋?」
『うん。なんも無いでしょ。』
普段の無邪気な彼女からは想像出来ないほど無機質な部屋。これはまるで…
「一人暮らしの部屋…みたいっすね。」
『そう…かも。家にいる時はここで過ごすことが多いからこの部屋に全部揃えちゃった。』
どこに座っていいか分からず立ったままいると、彼女は背面からベッドに倒れ込んだ。
『千冬くんもおいでー』
「あ、はいっ失礼します。」
寝転がる彼女の隣に腰をかけると、俺を見上げる瞳と目が合う。
『緊張してる?』
「少し…」
『ねえ千冬くんやっぱりさ』
「はい」
『私のこと好きでしょ』
「な…なんで、ですか…?」
『だって集会のときやたら目合うし。なのに一緒にいるときは全然目合わせてくれない。それにほら…顔赤いよ?』
そう言って半身を起こした彼女が俺の頬に手を添えて、もう片方の手で髪に触れる。
「…っさ、ん?」
『キスってしたことある?』
女の子とは無縁の生活を送ってきた俺にそんな経験なんてあるはずもなく、ふるふると首を振った。
『してみる?』
「…え、?」
『私とキス…してみよっか』
そんなの考えるまでもなかった。
「し…たいです、。」
『千冬くんは素直で可愛いね。おいで』
ぎゅっと目を瞑ると同時に温かくて柔らかい感触が唇に触れる。
「…っは、ぁ」
『もっかいしとく?』
息をすることさえ難しくて、それでももう一度触れて欲しくて…コクコクと頷くことしかできない俺にもう一度触れるだけのキスをくれるさん。
『ファーストキスの感想は?』
「っぇと、やば、いっす…」
心音がハンパねぇ。好きな人とベッドに腰掛けて…そんでファーストキスって…少女漫画みてぇだ。