第12章 伝えたいことは (黒尾鉄朗)
メニュー表とにらめっこでもするみたいに悩む彼女。
「なにで悩んでるか当ててやろうか?」
『え?』
「このクリームパスタか…こっちのナスのパスタだろ?」
『え…すごい当たってる』
付き合っていた頃もよくこの二択で悩んでいた。覚えているに決まってる。全部がつい昨日の事のように思い出せる。
「俺ナスのパスタ食いたいからクリームパスタ頼んだら?一緒に食えば良くねえ?」
『いいの?』
「良いも何もナスのやつ食いてえし全然」
『ありがとう!じゃあクリームパスタにする!』
こうやって分け合って食べていたのもいつものことだった。今は赤葦と仲良く飯食いに行ったりすんのかな。
こんなに楽しい時間なのに
こんなに幸せな空間なのに
赤葦がチラついて心にモヤがかかっていく
『てつろ?』
しばらくして運ばれてきた料理に目を輝かせていたはずの彼女が心配そうに俺の名前を呼ぶ。
「あ、なに?」
『具合悪いの?』
「…ぜんぜん?」
『そう…?なんかあった?』
「なんもねえよ、早く食おうぜ」
一瞬といえど表情を曇らせたのを彼女は見逃さなかった。そういうの…勘違いしそうになる。まだ俺の事を見てくれてるって。
『あ、そうだ鉄朗』
「ん?」
『鉄朗が前に好きって言ってた匂いのハンドクリーム見つけたから、はいこれ』
「俺にくれんの?」
『この前キーホルダー買ってくれたでしょう?それに今日は鉄朗がいなきゃ研磨くんのプレゼント買えてないし…だからもらって?』
去年のちょうど今頃研磨と3人で帰っていた時のこと。ふわりと鼻先を掠めた優しい香り。それはが使っているハンドクリームだった。聞くと金木犀の香りだそうでこの時期はあちらこちらに花を咲かせている。その匂いが俺は好きらしい。
「これを機にハンドクリーム男子になろうかね」
『あ、そ…うだよねハンドクリームって男の人はあんまり使わないか…ごめんそこまで考えてなかった。』
「いやいやすげえ嬉しいよ。覚えててくれたんだ?」
『もちろんだよ。それに金木犀の香りのものはこの時期にしか売られてないから見つけたら鉄朗に、と思ってたの。』
あーあ、それって無意識に言ってんだろ?
ほんとずるいよな。そうやって俺はまたお前のこと好きになるんだからたまったもんじゃねえのよ。