第9章 《桂小太郎 ~お題『雪』~》
「お主は命の恩人だ。是非とも、礼がしたい」
すっかり冷え切った桂の両手に、○○の両手は包まれた。
「いえ、結構です。お構いなく」
たとえ、雪の中から見える足をためらいなく引っ張り出せる胆が据わった性格でも、屋根の上で身を潜める事情がある人間と関わりたくはない。
「離して下さい」
手を振り解こうとしても、固く握られて離れない。
「それでは俺の気が済まん。受けた恩に礼を返さずに帰すなど、侍として失格だ」
「雪に埋もれていた時点で侍失格だと思いますけど」
「遠慮は無用だ。さァ、こっちだ」
桂に手を引っ張られ、意思とは裏腹に、○○は連行される。
「ちょっと! 叫びますよ! 人を呼びますよ!」
こんなことになるならば、無視をして先を行けばよかったと、○○は後悔。
「そう言わず、礼をさせてくれ。うちには可愛いペットもいてな。ぜひ、お主に紹介したい」
「可愛いペット?」
その言葉に、○○は若干の興味を惹かれる。
「大層可愛い奴でな。人懐こい奴だから、きっと、お主にもすぐに懐くだろう。名はエリザベスという」
愛らしいワンコやにゃんこが尻尾を振る姿を想像し、○○は心を惹かれる。
「少しですよ。ほんの少しだけ」
「あいわかった」
犬だろうか。猫だろうか。それとも、手のひらに乗るような小動物だろうか。
得体の知れない奇妙なペットと対面することになるのは、雪が止んで間もない頃のこと。
(了)