第8章 《山崎退 ~ハッピーバースデー~》
『誕生日おめでとうございます。今まで届いた分は食べましたか? 食べているはずないですよね。受け取ってもらえないのなら、すぐに送り返して下さい。こちらで美味しく頂きます。既に捨ててしまっていたら構いません』
あんパンは、俺の誕生日一週間前からのカウントダウンプレゼントだった。
返送先の住所は、俺が張り込み中にあんパンを補充していた店。
送り主の名前を見る。『□□○○』
ネームプレートは名字だけだったから、下の名前は知らなかった。
彼女の顔を思い浮かべる。あの店のアルバイトの女性。
世間話の中で、誕生日の話題が出た覚えがある。
真選組の一員であるということは伝えていないが、どこかで知ったようだ。
それでも、名前はわからなかったらしい。宛名がないのは、きっとそのせいだ。
言葉は何度もかわしたが、互いに自己紹介はしていない。
「変わった人だとは思っていたけど……」
ここまで変わった人だったとは。
俺はあんパンを食らった。
食らいながら、筆を握った。
『俺の名前は山崎退。泣く子も黙る、武装警察真選組で監察方を勤めています。もらったものは返せません。全部俺が頂きます。一つ、教えておきたいことがあります。あんパンは任務の道具であり、好きとかじゃないんです。勘違いさせてすみません』
文を懐に収め、俺は店に向かう。
彼女しか売っていない、俺のためのあんパンを買うために。
文の最後にしたためようとした一文は、直接伝えることにした。
――ただ、貴女から買ったあんパンだけは大好きです。
(了)