第8章 水魚の交わり

片腕で彼女を抱きしめたまま、光秀が反対の手でわざとゆっくり細い輪郭を辿り、唇でひたりとその動きを止めた。下唇のすぐ下を親指の腹でなぞれば、凪が恥ずかしそうに唇をきゅっと引き結ぶ。

「っ……」
「俺が何を考えているか、お前は分かるか？」

愛を注ぐように甘く囁きかける。そのまま額同士をこつりと合わせ、眸の奥を覗き込んだ。そうすれば凪が照れを隠す為、敢えてほんのりと不機嫌そうな表情を見せる。

「……光秀さんは分かるんですか？私が何を考えてるか」
「当然だ。将来妻になる娘の考えが読めないようでは、夫になる者として失格だからな」

触れている箇所も、触れていない箇所も、そのすべてから熱やそこに滲む感情が伝わって来る。おどけた調子で口角を持ち上げた拍子、凪が彷徨わせていた視線をひたりと光秀に合わせた。

「……私も、分かります。光秀さんが考えてる事」
「───ならば、答え合わせをするとしよう」

光秀が凪の下唇付近へ触れていた片手を頬へあてがい、軽く上を向かせた。未だ本当の意味で夫婦になる日は少しばかり遠いかもしれないが、唯一無二たる存在が求める望みは、手にとるように分かる。
愛しい者の元へ帰って来た────その事実を今一度確かめ合う為。あるいは互いのささやかな望みを叶え合う為、二人はまるでこの先もずっと離れない事を誓い合うように、唇を重ねたのだった。


了